北大の7つの研究林のうち、最も北にある天塩(てしお)研究林を紹介するシリーズの最終回。スキーの後、私たちは造材現場の見学に向かいました。
ヘルメットをかぶって
スキーを外して、今度は安全ヘルメットをかぶります。伐採を実際に見るのは初めての経験です。大きい木を切るシーンのイメージはありました。しかし、短い滞在時間ではあったものの、造材現場を見学して、「伐採」に対する考え方が大きく変わる経験をすることになりました。
伐採現場で目に飛び込んできたのは、びっしりと立ち並ぶヨーロッパトウヒの「群れ」と、その一方できれいに重なっている伐採された木材でした。
現場で使う重機には「北海道大学」と書いてあり、ここも北大の一部なんだなと改めて感じました。自然と機械の奇妙なハーモニーと、いつしか降り出した雪の景色。映画のワンシーンのような風景でした。
北海道大学と書かれた重機
伐採を冬に行う理由
雪の多い天塩の冬。このような季節に伐採を行うことには、何か理由があるのでしょう。
研究林長の高木 健太郎さんによると、雪がないときには目的とする森林までのアクセスや、伐採作業のための重機の移動、さらには切り出した木材の運送が大変だそうです。また木が地中から活発に水を吸い上げてさかんに光合成をしている夏季よりも、冬は材が含む水分が少なく、伐採後に乾燥させるうえで有利だからだそうです。雪で木や環境が変わることを活用しているのですね。
研究林長の高木 健太郎さん
計画的伐採
では、年間どれくらいの木を伐採しているのでしょうか。天塩研究林では、研究のため、木の種類や年齢を考慮して、毎年森の5~30%を伐採するそうです。計画的な伐採を通して、森のよりよい環境を保つとともに、林業活動が森に及ぼす影響を調べるための研究材料としても利用しているそうです。
生命が終わる瞬間
伐採の話をうかがった後、いよいよ伐採を見せていただきました。一本の木が倒れるまでを短い映像にしましたので、ご覧ください。
伐採とは、ただ木を切ることだと考えていました。しかし今、それは一つの生命を終えること、その形を再利用できるようにする元となる作業だということがわかりました。樹齢56年の生を終える木が倒れる瞬間、大きな木が倒れる音や風、その影響で吹き飛ぶ雪などですごい迫力でした。虚しさや寂しさを感じながら、一方で木に対する感謝の気持ちがしみじみと浮き上がる不思議な瞬間でした。
伐採のプロセス
1. 受け口をつくる
まずチェーンソーで木を倒したい方向に三角の切れ目を入れます。これを「受け口」といいます。受け口側に木の重さが偏り、倒れやすくなります。受け口の切り込み角度は、わずかなずれで倒木方向が大きく変わるため、狙った方向に倒すには熟練した技術が必要です。また下枝を払っておいたり、できるだけ太い材をとるため雪を掘ったりする準備も必要です。
伐採を見せてくださったのは、天塩研究林一番のベテランで、林業技能補佐員の小池義信さん
次に切る木を示すリボンと番号札
2. ホイッスルを吹いて、周辺の人を遠ざける
ホイッスルを吹くのは、「これから木を倒します」という合図で、安全のためのサインです。全員安全な場所に退避します。
3.追い口を切る
安全確認後、受け口の反対側に、チェーンソーで水平の切り込み「追い口」を入れます。受け口と追い口は、切り倒す方向を調整する重要な要素ですが、実際には枝のバランスや木全体の重量の傾き、地盤の状態などで変わってきます。安全に思う方向に倒すのは、技術と経験が必要で、安全管理は絶対に怠ることのできない手順です。
3.追い口にくさびを打ち込む
4.木が傾きだしたら追い口を切るのを中断する。
木を倒す前に周辺から移動するスタッフ
樹齢56年のヨーロッパトウヒが倒れた
手前の一段低くなっているのが受け口。深さや角度は木の種類や状態によって変える
切り残して木が倒れていく最後までつながっている部分を「ツル」という。
ツルの残し方も安全の重要な要素
木の一生が見える年輪
環境科学院博士課程1年で名寄教育研究棟所属の山崎遥さんが、伐採されたばかりの木に座って年輪を数え始めました。小池さんや天塩研究林の小林真さん、伊藤欣也さんが、年輪や伐採について教えてくださいました。
年輪は木の年齢を示しますが、等間隔に並んでいるわけではありませんでした。中心から離れるほど「円周」が長くなるので、年輪と年輪の間隔は狭くなるのです。その年の気候の影響で、成長の度合いや水分量が異なり、そのようすが切断面のシミなどに表れていました。生きてきた痕跡がこのように露呈されること、そして年輪は木が生きて生えているうちには見えないことに、深く考えさせられるものがありました。
よい木材とは
伐採した木は、同じ長さに切りそろえて販売します。その利益は研究林の保存や運営、研究に使われます。木材としてはまっすぐの木が好まれます。天塩研究林では質のよい木材が得られるそうです。
天塩研究林利用者セミナー
エクスカーションの前日には、天塩研究林を研究フィールドとしている学生や職員によるセミナーが行われました。
土中の断面を継続的に観察・記録し、植物の根や土壌の変化を分析している小林さん、天塩でしか見られない花を探して記録・研究している伊藤さん、山火事の後の変化を記録・分析している北大環境科学院修士1年のLi Xiaoyangさん、天塩研究林の10年間の成長と衰退をまとめている農学部修士2年の平山宏次郎さん、材の利用について研究している環境科学院修士2年の阿部葉月さん、アカエゾマツ実生の菌根相を分析している農学部4年の前田雄介さん、世界各地でユニットを設置し、気候変動と生物多様性に関する研究をしている横浜国立大学理工学部4年の高木勇輔さんなど、天塩研究林に対する多角的な研究が行われていました。天塩研究林の魅力をより豊かに見せてくれているのは、研究者のみなさんだと感じました。今後も、より多様な視点からの研究を楽しみにしています。
3回に分けて天塩研究林の魅力をお伝えしました。今回の取材で自然の偉大さはもちろん、それを研究する研修者と、研究を支えながら森を守るスタッフのみなさんのあたたかさ、森を研究する学生の情熱を強く感じました。このような環境があることは、北海道大学の誇りです。札幌への帰路、電車の車窓から見える森は、以前見てきた森より特別な意味をもつようになりました。
これからの季節は、緑の天塩研究林を想像しながら春を迎えたいと思います。今後も天塩研究林の豊かな美しさに注目し続けていきましょう。
「世界で1つだけの花が咲く、天塩研究林へようこそ(1)」「同(2)」もお読みください。
天塩研究林オフィシャルサイト