北大出身の奈須憲一郎さんは現在、町議として下川町でSDGsなまちづくりに携わっています。奈須さんが下川町を初めて訪れたのは、農学研究科の修士課程で行っていた森林政策学研究の一環としてでした。修了後、1999年に下川町に移住した奈須さんに、大学とは一味違った現場から始まる「サイエンス」についてお伺いしました。
――そもそも奈須さんは北大でどのような研究をされていたのでしょうか?
大学に入る前から環境問題に興味を持ち始め、自然がいっぱいある北海道で森林をテーマにした研究ができるということで北大に進学しました。
森林科学の分野は総合科学で、様々な分野の科学が利用されており、菌や木材の細胞といったミクロな世界から、木を育て、それを活用するといったマクロな視点、そして林業を経済的視点から考えたり、政策的に林業をどのように誘導していったら良いかといった社会科学的視点まである、とても幅広い学科でした。
研究室を決めるに当たっては、科学技術的な観点だけでなく、政治や経済から森林の環境課題について考えたいと思い、森林科学科にある森林政策学の研究室に所属しました。
――森林政策学を研究する上で地域に目を向けたのには何かきっかけがあったのでしょうか。
当時、環境破壊が進む原因の一つに過度な資本主義があるのではないかと考えていました。そして民主主義を機能させることによって、行き過ぎた資本主義を整理することができるのではと思っていた時に、「地方自治は、民主主義の学校である」という言葉に出会い、地域に目を向けるようになったのです。
――その言葉の先に、下川町という町があったのですね。
下川町は森林を活用したまちづくりで有名で、特に外から移住者、つまり「よそ者」が入ってきて、面白くなりはじめた地域という特徴がありました。
僕は当時、ただ人口の数合わせで「よそ者」が入るだけではなくて、「よそ者」として入った人が地元の人が見落としがちな地域資源に目を向け、新たな価値を見つけることによって地域経済が盛り上がり、その結果、地域の民主主義がもう一回発達していくのでは、という仮説を持っていました。
下川町でバイトしながら2ヵ月ぐらいかけて30名ほどの移住者にインタビューを行い、修士論文を書き上げました。その時の調査結果では、下川町で移住者が活躍している背景には、結局いま社会で絆とか、ソーシャルキャピタルと言われているような関係性の構築というものがあるということが分かりました。
そしてその調査の途中に役場の試験があり、下川町は面白いから、もうどっぷり入ってやってみようと思い、役場に就職を決め、1999年より下川町に移住しました。
――なんと、行動派ですね!
役場では、町の産業振興について取り組んでいました。当時、林業をサービスにつなげたり、付加価値の高い製品を生み出したりする下川町の林業の産業連関を高めるため、産業クラスター研究会という組織が立ち上がりました。私はその研究会の事務局を務め、地域の若手の人たちを巻き込んで、いろいろなプロジェクトを立ち上げました。その新しい試みが結構話題になり、徐々に役場でも様々な事業を任さられるようになりました。
(下川町では森林資源を利用した新たな製品づくり、販売を行う移住者の方が多くおられます)
――役場での仕事だけでなくNPO法人も立ち上げられたんですよね。
下川町には当時、森づくりのボランティア団体があり、従来の林業の枠組みを超えて、環境問題や新しい林業の在り方などを考えたい移住者が、休日を利用して自分たちで森づくりをするという活動をしていました。例えば、町有林の間伐も機械的に間伐するのではなく、森の将来を見据え間伐していくという取り組みなどが含まれます。
だけどこの小さな山村で、少人数でやっていても、社会はやっぱり変わっていきません。そこで、NPO法人を立ち上げ森林を体験してもらう活動をはじめ、森林づくりについてもっと多くの人に知ってもらう活動にシフトしていったのです。
(森林と共に生活があります)
――多角的に活動された奈須さんが町議になったきかっけとは何ですか?
そうですね。東日本大震災が起こった2011年は、次女が妻のお腹の中に授かったタイミングでした。この子たちがこの先ちゃんと暮らしていける社会を作らなければいけないと強い危機感を持ちました。その時、ちょうど下川町の議会の中でも年配の方が勇退されて議席が空いたところだったので、次の世代のことを考えて発言できる議員として町議に立候補しました。
――地方自治を行うにあたって、大学での学びはどう生かされているのですか?
地域の資源のことを分かっていて、一応、大学でそれなりに体系立ったことも学んでいる人間が、地域で新しい提案していくほうが精度高いと思います。
研究は、仮説を立てて、その仮説に基づいて調査なり実験し仮説を検証する、それの繰り返しじゃないですか。それって要は、役場でやる仕事にも通じることなのです。地域にある課題を見つけ、それに対して課題解決策を打って、その結果を評価して、より良い政策へつなげていく、地方政策にもそういう科学的分析の循環が必要なのです。
――最初に、地方自治は民主主義の学校だとおっしゃられていましたが、地方自治に関わるからこそ見えてくるものはありますか?
最近、改めて気づいたというか知らされたのですけれど、デモクラシーってどういう意味かをグーグル先生に聞いたのです(笑)。いまさらながらと思いながら。でも、デモクラシーって調べたら、実は民主主義と訳されているけれどイデオロギー的なことではなくて、その語源は「民主制、民主的に物事を運営していくためのシステムの仕組み」だそうです。
システムならよりよく改善できます。下川町では、町からの提案を議会がそのまま通すのではなく、その提案をシビアにチェックして、もしもっといい代替案があれば提案しています。議員の負担が大きいですが、議会も一緒に考えていくという体制が出来上がりつつあります。
いま下川はSDGsなまちづくりに取り組んでいます。SDGsは国連のアジェンダでは「誰一人取り残さない世界の実現」ということが掲げられていますが、取り残さないと言うと上から目線だから、下川町では「誰一人取り残されない社会」というのを目指しています。
地域から人間と環境が共に生きることができる社会を実現できればいいですね。
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今回お話いただいた奈須さんが登壇するシンポジウムが北大で開催されます。
ぜひ、お越しください。
地域が耕すサイエンス ~北のまちから始まる持続可能な未来への挑戦~
ゲスト:都木靖彰さん(水産科学研究院 教授)
宮久史さん(厚真町役場職員)
奈須憲一郎さん(下川町議員)
日時: 2019年3月9日(土)13:30~16:00(開場は13:00から)
場所: 北海道大学 工学部 フロンティア応用科学研究棟 鈴木章ホール
詳細は【こちら】