「発達が気になる」と感じる時、養育者や周囲の人々はその状況をどう理解すればいいのでしょうか。困りごとを抱えた子どものための臨床活動と研究活動を行う、岡田智さん(北海道大学教育学研究院附属子ども発達臨床研究センター 准教授)にお話をうかがいました。前編となる今回は、子どもが周囲にきちんと理解され必要な支援を受けられるようにするための、発達相談を主とした臨床活動についてお送りします。
【岩野知子・CoSTEP本科生 社会人/成田健太郎・CoSTEP本科生 社会人】
(パペットのアスカくんは岡田さんの20年来の相棒。今も子どもとの面談時に活躍中です。
臨床活動への影響を考慮して岡田さんの写真は掲載しません)
岡田さんのお話の前に、子どもの発達臨床にまつわる法制度と仕組みについて確認します。平成17年度施行の発達障害者支援法ができるまで、発達障害は制度の谷間に置かれて必要な支援が届きにくい状況にありました。同法で発達障害の定義が明確になったことを受けて、関連する各法制度のなかでの発達障害の位置付けがなされます1)。児童福祉法においても平成24年の改正で、障害のある子どもが適切な支援を受けられるように明記され、発達障害の症状を持つ子どもたちに様々な支援が提供されるようになりました。
(発達障害者支援法では、「発達障害」を「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義している。厚生労働省パンフレット2)より)
ただ、幼い子どもに発達障害の診断は容易につけられない場合も多く、ある程度子どもの様子や成長を見てから確定診断を行うこともあります。このため、医師による診断がなくても、子どもの適応と発達面の評価により必要と判断されれば、児童発達支援や放課後等デイサービス、通級指導教室、特別支援教室といった公的支援を受けることができるようになっています。支援を受けるためには、臨床心理士などの専門家による「アセスメント」が必要です。アセスメントは一般的には評価や査定を意味し、環境や医療・介護の分野でも使われる用語です。発達障害の領域においては、対象者の支援内容を組み立てる上での基本的な指針という意味合いで用いられます。
このような制度・仕組みを踏まえ、岡田さんの研究や臨床における心構えについてのお話を紹介していきます。
――まず、「子どもの発達」をどのように理解すればいいのか教えてください。
子どもの発達は、自然な脳・体の変化に関する生理的、神経的な現象でもあり、子どもを取り巻く家庭環境や園・学校などでの経験も大きく影響します。発達障害でも、典型的な苦手さのある方々の困難は、脳機能障害とみなすことである程度の説明がつきますが、発達障害傾向のある多くの子どもたちは,人が元来持っている個人差の連続性で考える必要があります。障害は固定的なものではなく、環境との相互関係によって強まったり、障害としてとらえなくてもよくなったりするからです。「発達障害は原因がよくわかっていない」と言われることがありますが、そういった意味では、発達障害の原因はよくわかっていないという立場には、私は立ちません。すべてを脳機能障害としてしまえば、境界線上にいる方々をとらえきれないからです。
――発達相談ではどのようなことに気をつけていらっしゃるのでしょうか。
発達相談では、まず子どもをどう理解していくのかということが重要です。「この子どもは〇〇障害だから・・・しないとね」じゃなくて、どういうところで困っているのか、何が苦手なのか、実際の経験上のことを理解しようと努めます。支援を始める際にも、子ども本人と「ここもうちょっと練習したり、経験したほうがいいよね」と、子ども本人の困りごとをちゃんとテーブルに乗せて話し合って、こちらが手伝える内容を伝えていきます。そのうえで本人と合意形成できるかどうかが鍵になります。それには痛みも伴います。相談のなかで、子ども自身のネガティブなところをさらされるので。でも、日頃周りから怒られたり、へんな目で見られたり、ネガティブな経験をしている。その痛みに配慮しながら、話せる子どもとは話題にしたり、向き合いにくい子どもには支援内容のみを説明したりしながら、傷つけて終わりにしないように子どもと向き合います。そこは発達相談の経験やテクニックが必要です。知能検査や数値からだけではわからない、本当にその子に必要な、本人が納得する課題やニーズをどう見立てられるか、そこがアセスメントの力だと思っています。
――子どもとの合意形成はどのように行うのですか。また、養育者の考えをどのように把握し、子どもへの支援につなげるのでしょうか。
どのようなサービスを提供するのか、その説明をして同意を得ることを、医療ではインフォームドコンセントと言いますが、発達相談や発達支援でもこの考え方は重要視されています。提供できる支援とできない支援、それを理解したうえで納得して同意してもらうということですね。子どもの場合はインフォームドアセント(賛意)という言葉が使われます。「こういうこと手伝えるよ」「君はどういうことで困ってるの?」「ここではこれをがんばってみようか」と説明し、対話をしてアセント(賛意)を取っていきます。
難しいのは、親の思いと子ども本人の思いがずれることです。子どもが「おっちょこちょい直したい」「空気読めないのを直したい」と言っていても、それは子どもから出た言葉ではなくて、普段から親に言われていたり、怒られていたりと、本当の子どものディマンド(要求)ではない場合があります。だから、どのように支援ニーズを見立てるか。親の訴え、子どもの訴えがそのままニーズではない、という考え方をします。どの辺の支援がいいのかと見立てて、親にも「親御さんはこう望んでいるようですが、私はここが重要だと思います。どうですか?」と話しあっていきます。
子どもの支援というのは、半分くらい親の支援なんです。私が大事にしているのは、養育者が、子どもの成長や変化を信じられるようになること、子どもと子どもを取り巻く環境に関してポジティブな未来を描けるようにすることです。養育者が悲観的になってポジティブになれないと、子どもへのプレッシャーになったり、できないことを決めつけてしまったりします。そのようなまなざしに子どもはがんじがらめになり、反応を起こしてしまう。どちらかというと、養育者や支援者にはポジティブさ、お気楽さが必要です。子どもの変化を、親と一緒に支援者やカウンセラーが一緒に追っていく。親にとってはそれが子どもの成長と環境を信じられるようになるエビデンスになっていくと思うんですね。
(研究室内に飾られた恩師・LD教授(上野一彦氏)の言葉。岡田さんの理念のもととなっている)
――昨年出版された、『子どもの発達が気になったらはじめに読む 発達心理・発達相談の本』3)の執筆のきっかけをお聞かせください。事例や専門用語の解説もあり、養育者や支援者だけでなく、関心を持つ一般の人が読んでも現状への理解が深まります。
共著の加藤弘通さん( 教育学研究院 准教授、過去記事)の発達のとらえ方とか、問題から発達を読み解くということがすごく重要だなと思ったことが、きっかけのひとつです。また、発達相談を行うなかで、発達障害の概念にとらわれたり、“発達障害ブーム”に振り回されてしまう親や子どもたちに接して、最近の世の中の動向に感じるところがありました。振り回され、行き詰まりや不安を感じている親や子どもたちのために書こうと思ったことが大きいです。
何だかんだ診断がつけばいいというものじゃないよ、必ずしも支援を受けることはいいこととは限らないよ、と。いろんな相談・支援機関があるけれど、それらにたどりついたらそれで終わりで、後はその支援機関にお任せというわけではない。それよりも相談や支援の中身を大切にしたい。支援を受けなくてもやっていける人はいますし、支援対象となる方々にも、支援自体にも多様性があるというか…いろんな思いがあります。支援者は、子どもと家族にどう寄り添うのか、どう支援するのか。支援の中身を扱いたいという気持ちがあり、臨床活動と研究活動を続けています。
次回は、岡田さんの研究活動の大きなテーマである、アセスメントとソーシャルスキルトレーニング(SST)についてお送りします。
参考文献
1)厚生労働省 社会保障審議会障害者部会(第80回) 参考資料5「発達障害者支援法の改正について」
2)厚生労働省パンフレット「発達障害の理解のために」
3)『子どもの発達が気になったらはじめに読む 発達心理・発達相談の本』加藤弘道・岡田智 著,ナツメ社,2019年