川崎ナナさんが勤める「医薬品食品衛生研究所」は、食品の放射能汚染や、輸入した餃子による中毒、脱法ハーブの問題など、食品や医薬品の安全に関わる問題について幅広く調査や研究をする、国の機関です。研究する対象に応じて、20ほどの部に分かれています。
川崎さんが部長を務める生物薬品部は、動物のタンパク質を利用した医薬品など「生物薬品」についての調査や研究を担当しています。
(控室にて)
化学が好きになったわけ
旭川の高校を卒業したのですが、そこの化学の先生が、北大の理学部高分子学科を卒業した方で、授業中に歌い出したりする、とてもすてきな先生で、化学が好きでしょうがないという様子でした。
大学で指導していただいた森美和子先生も、お子さん2人を育てながら、面白くてしょうがないと化学の研究をしていらっしゃいました。第一線で活躍する女性研究者に与えられる猿橋賞を1991年に受賞された方です。
化学が好きな先生に教わったことで、自分も化学が好きになったように思います。
国内の活動だけでは、国民の健康を守れない
生物薬品部で、ヘパリンという、ブタの腸に含まれる物質から製造される薬について扱ったことがあります。血液が凝固するのを防ぐ働きがあることから、手術や人工透析などで広く使われてきた薬です。そのヘパリンをめぐって、2007年から8年にかけ、異物混入事件が起きたのです。アメリカで、ヘパリンを投与されたことがもとで、100人近くの人が亡くなりました。
ヘパリンは、アメリカやヨーロッパ、日本など多くの国で多くのメーカーが製造しています。でも原料は同じところから輸入しています。そのため、「上流」で異物が混入されると、世界中に問題のある薬が出回ってしまうのです。
私は、「国際ヘパリン会議」に出席して事態を把握するとともに、新しい試験法の開発に取り組みました。そして、古い時代に作られた「生物的な試験法」の盲点を突いて異物が混入された疑いがあるので、「理化学的な試験法」を開発しました。私ともう一人の研究員が中心になり、製薬メーカーや大学の研究者、国内国外の機関と協力して開発したのです。
このとき、国内の活動だけでは国民の健康を守ることができないのだと、つくづく思いました。いまや医薬品製造はグローバル化しており、国際協調が不可欠なのです。
薬の安全性を守るために、世界の人たちといっしょに活動
ヘパリンの異物混入事件で、日本では死者が出ませんでした。どうしてかというと、FDA(アメリカ食品医薬品局)が速やかに情報を発信し、日本など多くの国がその情報を利用できたからです。
ここで大切なのは、薬に「一般名」がついていたことです。薬の商品名(商標)は国ごとメーカーごとにバラバラですが、一般名は世界共通です。だからこそ「ああ、あの薬のことだ」とわかり、FDAの情報を日本でも有効に利用できたのです。
インフルエンザの薬に、タミフルがあります。これは商標で、一般名はオセルタミビルです。一般名は世界共通ですから、外国に行ってもこの名前で探せば、日本と同じものを手に入れることができます。
一般名の付け方にはルールがあります。薬剤の化学構造や作用にもとづいて命名するなど基本的なことに加え、こんな条件もあります。パブロンビルやホクダイビルなど、既存の薬と紛らわしかったり、ほかのものを連想させるものはダメ。ナオルタミビルなど暗示を与えるものもダメ、などです。しかもこれらの条件を、外国の言語でも満たさなければなりません。
というわけでWHO(世界保健機構)が、薬に国際的な一般名をつける活動をしています。アメリカ、フランス、ポーランド、シリアなど各国の専門家が、年に2回ジュネーブに集まります。私も日本からの代表として参加しています。世界の人たちと一緒に、薬の安全性を守るために活動しているという実感、これが生きがいになっています。
大切なのは、度胸
仕事で、外国人も含め、様々な立場の人や、関係する機関と連携していく必要があります。そうしたときに大切なのは、度胸です。お願いしても断られるんじゃないかと心配になりますが、「とにかくお願いしよう」と心を奮い立たせます。
何かをしようと思って、途中であきらめたことはありません。でも、闘って負けたこと、皆で物事を決めていくときのディスカッションで負けたことはいっぱいあります。それでも、いずれまたチャンスが来ると思っています。
英語はあまり得意でないのですが、単語を並べればわかってもらえます。「いまこのタイミングで言わないといけない」と思ったら、くらいついてでも言います。気持ちは通じるのです。
そうは言っても、大学の教養課程で時間があるときに もっと英語を学んでおけばよかったと、今にして思います。あと、いろんな分野に触れておくのも大切だと思います。私自身、中国文学や社会学の授業のことを、今でも鮮明に覚えています。