樋口幹雄さん(大学院工学研究院 准教授)に話をうかがいます。
太陽光をレーザー光に変換するって、どういうことですか
レーザー光を発する能力を持った物質に、実際にレーザー光を放射させるには、外からエネルギーを与えてやる(原子を励起状態にしてやる)必要があります。スクリーン上を指し示すときの「ポインター」やコンサート会場でのレーザー照明などは、電気でエネルギーを与えています。
物質によっては、光をあてることでエネルギーを与え、レーザー光を放射させることができます。もし、あてる光に太陽光を使えば、太陽光をレーザー光に変換したことになります。ただし、太陽光がもともと持っていたエネルギーのすべてが、レーザー光のエネルギーに変わることはなく、一部は熱に変わってしまいます。熱に変わる分が少ないほど、変換の効率が高いことになります。
今回の開発の新しさは?
太陽光には、図のようにいろいろな波長の光が含まれており、それらがもつエネルギーも違います。そして、太陽光エネルギーのかなりの部分は吸収されないので、利用できません。これはソーラーセルでも同様です。ですから、利用できる波長の範囲を広げることが重要なポイントとなります.
(図の折れ線グラフは、地上に届く太陽光のエネルギーを波長ごとに示したものです。また、結晶物質によって吸収する光の波長が異なる様子も、概略的に示してあります。(折れ線グラフはASTMが提供するデータhttp:// rredc.nrel.gov/solar/spectra/am1.5/ から作成))
これまで主流だった結晶物質YAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネットの頭文字から作った名称で、通常「ヤグ」と呼ばれています)は、波長430ナノメートル付近 ―― ナノは、10億分の1を意味します ―― の光を最もよく吸収し、波長500ナノメートル付近の光はほとんど吸収しませんでした。
そこで私たちは、理論的な推測もふまえて、カルシウム、イットリウム、アルミニウムの酸化物からなる結晶物質に注目し、そこにクロムとネオジムをごくわずか添加しました。
すると、可視光はもちろん波長がもっと短い紫外光のところまで、広い範囲にわたって太陽光をよく吸収したのです。従来の YAG が得意とする波長430ナノメートルの光で比べると、何と70倍もよく吸収しました。
添加したクロムが効率よく光を吸収し、同時に添加したネオジムにそのエネルギーを受け渡していることも確かめました。ネオジムは、レーザー光を発する代表的な原子ですから、これで、太陽光をエネルギー源にして効率よくレーザー光を作り出すことができる、というわけです。
今回開発した新しい結晶物質は、どのようにして作ったのですか
まず、材料となるカルシウム、イットリウム、アルミニウム、クロムなど、それぞれの酸化物を混合し、棒の形に焼き固めます。その棒を鉛直に置き、下の端を加熱して溶かしつつ、種(たね)となる結晶に触れるようにします。あるいは、ちょっとした「くびれ」を作ってやります。
(産業技術総合研究所のウェブページ(http: //goo.gl/VH9O3)掲載の図5を改変して作成)
加熱には、ハロゲン・ランプからの光を使います。断面が楕円形の鏡を左右に向かい合わせ、左右2つのランプから出た光を1点に集中させて、高温を作り出します。
そして、加熱装置は同じ場所に保ったまま、棒と結晶の全体をゆっくりと、1時間に数ミリほどの速さで下向きに動かしていくと、めざす結晶が棒の形で得られます。
(左右に向き合った真鍮製の2つの鏡を、パカッと開けたところ。左の鏡の焦点部にハロゲンランプが見えています。)
これは、結晶を作るときの代表的な方法の一つです。容器が要らないので不純物が入りにくいですし、結晶ができていくときの周囲の気体を自由に変えられるなどの特徴があります。私たちも、周囲にある気体の成分や、結晶を大きくしていくときの速さを工夫しました。そうして、赤くて透明な結晶を得たのです。
(結晶が赤く見えるのは、青や緑の可視光が吸収されていることの証です)
どうしてこの結晶が、「エネルギーの蓄積」に一役買うのですか
「マグネシウム循環型エネルギーシステム」というアイデアがあります。
金属のマグネシウム(Mg)を水と反応させると、マグネシウム100グラムあたり1500キロジュールほどの熱が発生します。この熱を発電などに使うことができますし、反応でできた水素を燃料電池などに利用することもできます。
他方、反応でできた酸化マグネシウムのほうは再びマグネシウムに戻す(還元する)ことができますから、マグネシウムを循環させ、そこからエネルギーを取り出すことができるのです。
ただし、酸化マグネシウムを還元するためには、エネルギーが必要です。そこで注目されるのが、太陽光をエネルギー源とするレーザーです。
化学物質(還元剤)を使わないで酸化マグネシウムを還元するには、2万度近い温度が必要です。太陽の表面温度は6000度ほどですから、太陽光をただ集めるだけでは、不可能です。でも太陽光をレーザー光に変えることができれば、実現可能です。レーザー光は、直進する細いビームのなかにエネルギーがぎゅっと詰まった(エネルギー密度が高い)ものだからです。
太陽光で酸化マグネシウムを還元してマグネシウムを製造することができれば、太陽光のエネルギーをいったんマグネシウムに貯蔵し、必要に応じ取り出して利用することになります。マグネシウムは軽くて運搬も容易ですから、たとえば、マグネシウムをエネルギー源とする自動車を作れば、コンビニなどで燃料パックを買って、ぱっと交換するだけで、充電などしなくても走り続けることができます。
「マグネシウム循環型エネルギーシステム」に、太陽光をエネルギー源とするレーザーを使えば、化石燃料は不要です。地球温暖化の原因となる物質が発生することもありません。
実用化されるのは、いつごろでしょうか
克服しなければならない課題が、いくつもあります。レーザー光を発生させるために太陽光をうまく集める仕組みが必要ですし、太陽光をレーザー光へ変換する効率も高める必要があります。10年では無理でしょうね。
"Japanese scientists are optimistic"と評する海外メディアもありますけど、興味深い研究分野だと思います。核融合については、高い目標を掲げ、資金も投入して研究を続けています。だったら、こちらにも同じくらいの努力を注入してもいいのではと思いますね。
(大学院生たちとともに。修士課程2年生の2人はスーツ姿でした。普段は汚れてもよい服を着て実験しているそうですが、ちょうど卒業式の日だったのです。)