榎木亮介さん(医学研究科 助教)に、今回の研究のために製作した実験装置も見せていただきながら、話をうかがいました。
生物リズムを解明するって、どんな研究なんですか
生きものの体には、1日ごとや季節ごとなど、さまざまな「リズム」があります。そのうち、「眠って起きる」や「ホルモンの放出」などにみられる、ほぼ24時間、概(おおむ)ね1日のリズムを、「概日リズム」と言います。
哺乳類の場合、この概日リズムをコントロールする、司令塔の親玉のようなものが脳の中にあります。視交叉上核(しこうさじょうかく)と呼ばれる場所で、左右の目の網膜からきた視神経が交叉する場所の上のほうにある、神経細胞の集まりです。今回の実験に使ったマウスでは、約2万個の細胞が集まっている のですが、大きさは1ミリもありません。
私たちは今回、そこにある神経細胞が働く様子を可視化する、新しい手法を開発しました。そして、それら神経細胞の集まりが、正確で、ちょっとやそっとで乱されることのない強靱なリズムを刻む仕組みについても、一端を明らかにしました。
どうやって可視化するのですか
まず視交叉上核を取りだして、厚さ0.2ミリほどの切片を作ります。それを上手に培養してやると、1週間でも2週間でも生きてリズムを刻み続けています。
神経細胞では、カルシウムが引き金になって様々な神経活動が起きます。ですから、細胞内のカルシウム濃度が高ければ、神経活動が活発だと考えることができます。カルシウム濃度が、活動の指標になるのです。
そこでまずは、神経細胞のカルシウムに、光をあてると蛍光を発するよう、仕掛けをします。そのうえで、共焦点顕微鏡という、対象物の画像を高い解像度で得ることのできる顕微鏡を使って、1時間おきに、数日間にわたって撮影していきます。
(共焦点顕微鏡の対物レンズのあたり(左)と、試料を入れる容器(右))
こうした手法は、概日リズムの研究には使えないと考えられてきました。なぜなら、視交叉上核の細胞に光を1日から2日もあてると、細胞がダメージを うけて死んでしまうからです。でも私は、高感度CCDカメラを使うなどいろいろ工夫して、従来の1/1000~1/10000の微弱な光でも画像を得るこ とができる装置を組立てました。
カルシウムが発する蛍光の強さ、言い換えるとカルシウムの濃度を、色に置き換えて表わしてみます。すると、この動画のように、カルシウム濃度が上がっては下がるという変化を、1日に1回のリズムでくり返していることがわかります。
(視交叉上核の、ある断面のカルシウム濃度の時間変化(上端に経過時間(~72時間)が表示されています)。青、黄、赤の順で濃度が高い。約1000個の細胞が見えています。)
これから、何がわかるのですか
よく見ると、全体がいっせいに変化するのでなく、波打っているように見えますね。濃度変化のタイミングが、場所によってズレているのです。そうかと思うと、タイミングが合って、同期しているように見える部分もあります。
そこで、コンピュータを使って詳しく定量的に解析してみます。すると、場所によって濃度変化の周期や振幅がどうちがうか、場所ごとにリズムがどのくらいずれているかなど、「概日リズムの時空間パターン」が見えてきます。つまり、視交叉上核の細胞群が、ネットワークを構成して作動している様子が、手に取るように見えるのです。
これまでも、視交叉上核では細胞がただ寄り集まっているのではなく、場所によって機能が違い、ネットワークを構成して相互作用している、ということがそれとなくわかっていました。でも、その具体的な様子が不明だったし、調べる方法もなかったのです。
でも今回の手法を使えば、断面上のすべての細胞を網羅的に見ることができるので、ネットワークの構造を調べることができます。たとえば、今回の論文 でも報告したのですが、神経細胞の活動をブロックする薬剤を入れてみます。すると、それまで協調的にリズムを刻んで動いていた細胞群が、バラバラに動き始 める様子を確認できます。そしてこの事実から、視交叉上核には少なくとも2つの細胞集団があって、それらが相互に作用しあうことで強靱なリズムを刻んでいる、と考えることができます。
(神経細胞ネットワークの活動を可視化する装置の前に立つ、榎木さん)
病気の治療に役立つのですか
概日リズムが乱れると、体や心にさまざまな変調が現われます。その意味で私のリズム研究は、睡眠障害や精神疾患の治療、時差ボケの防止など、いろいろ役立つ可能性があると思います。でも実際に応用するまでには、まだだいぶ距離があります。ネットワークの仕組みをもっと詳しく調べたり、細胞内カルシウムがどのような役割をはたしているのか調べたりと、やるべきことがいっぱいあります。
研究成果を発表すると、「どんな病気の治療に役立つんですか」といった質問を受けます。もちろん応用を考える姿勢も大事だと思いますが、研究そのものを“楽しむ”雰囲気も必要だと思います。
生物リズムの研究は、もちろんバクテリアや魚類でもできるのですが、私は哺乳類でやっています。「あっ、いま自分の中でこんなことが起きているんだ」という実感が伴うので、面白いですね。
小さいころから生きものが好きだったのですか
生命科学に興味を持ったのは、大学に入るころからです。兄がものすごい理系で、天体望遠鏡や顕微鏡をいつも覗いていたので、その影響もあるかもしれません。機械に囲まれて、それをガチャガチャやるのが僕は大好き。複雑であればあるほど、興奮します。
数学はあまり得意じゃないです。生物系はけっこう泥臭いところがあって、頭より先に筋肉が動くような人が成功したりもします。手先が器用、コツコツやる、とにかくやっちゃうなど、いろんなタイプの人がこの分野に来て欲しいですね。
医学部の基礎系では、お医者さんじゃない人 ―“Non MD”と言うんですけど。MDって Medical Doctor、医学博士ですね ― が多いですよ。いろんな分野の、それぞれに得意技を持った人たちが協力しあう必要があるからです。私も、コンピュータ・プログラムの開発などを、教えてもらったり手伝ってもらったりしました。
昔は「研究室に住んでいる」ような生活をしてたんですけど、今は朝9時ごろ来てすぐ実験に取りかかり、夕方6時ごろには帰ります。ダラダラやってるより、そのほうが結果が出るように思うんです。土日はがっちり休んで、子どもと遊ぶようにしています。
※ ※ 取材後記 ※ ※
イギリスやカナダで計5年間の研究生活を経て、2008年に北大に着任された榎木さん。「札幌の冬、楽しんでいらっしゃいますか」と水を向けると、 「子どもがまだ小さいので、雪山でソリ滑りするくらいですね」とのこと。ご家庭と研究室、両方の生活をエンジョイしていらっしゃるようです。
そうそう、取材中に耳寄りな話を聞きました。榎木さんの所属する講座の本間さと先生(時間医学講座 教授)が2月13日、サイエンス・カフェに出演されるそうです。題して、「あなたの時計は大丈夫?~体内時計で診る健康~」。詳しくは、こちらをご覧ください。