「心って何だろう?」この問いに、独自の切り口で挑む研究者がいます。認知脳科学と行動生態学と結びつけて研究している、動物行動学者の松島俊也さん(北海道大学 大学院理学研究院 教授)です。松島さんは、主にヒヨコの脳と行動に着目して実験を行い、動物の意思決定がどのように行われているのか、動物に心はあるのか、心とは一体何なのか、などについて調べています。2021年9月25日(土)に行われるサイエンスカフェ『心って何だろう?~ヒヨコの行動から考える~』の前に、松島さんにお話を伺ってきました。
松島さんが行っている、認知脳科学と行動生態学を結びつけた動物行動学の研究手法について教えてください。
心や行動について、色んな人が様々なやり方で研究しています。立場や考え方は人それぞれ。同じような行動を見ていても、見る人によって考え方が全然違う。それぞれの人が持つ「動物の心はこうあるべきだ」という思いが先行してしまっているようにも思えました。その意味で宗教に似ているかもしれません。そんな状況に対して、個人の思いを反映せずに学問としてきちんと研究するにはどうしたらいいだろうか、と私は考えました。そして、リアリズムに徹したい、現実の現象だけを手掛かりにしたいと思い選んだ方法が、科学であり脳科学と行動生態学だったのです。例えば脳は、調べると、脳にできることはこういうことで、このようなバイアスや限界がある、ということが明確にわかります。また行動生態学については、生きていくための道具・武器として心があると考えると、心が目に見える形で現れるのは行動になります。行動というリアルを手掛かりにしようと思ったのです。
松島さんはヒヨコを主な研究対象としていると伺ったのですが、なぜヒヨコなのですか?
自分が知りたいことを解明するためには、ヒヨコが最も適していると思ったからです。例えば、神経系の研究で最初に使われたのは、ヤリイカでした。なぜヤリイカなのか? 研究者がヤリイカを好きだったからではありません。ヤリイカは直径が最大1㎜にもなる太い神経を持っていて、神経系の働きを知るために最も適していたからです。このように私達研究者は、自分が知りたいことを一番シンプルな形できれいに教えてくれる動物を選びます。
では、ヒヨコをモデルとして具体的にどのような研究をされているのか教えていただけますか?
詳しくはサイエンスカフェでお話しますので、ここでは簡単に紹介します。ヒヨコの行動と人の行動には、共通性が見られます。でも、ヒヨコと人は約3億年前に枝分かれしていて、独立して進化してきたんです。それでも行動、つまり心の装置が似ているのはなぜか? その理由は、ヒヨコと人が同じような生態で進化してきたからだと考えています。その生態の特徴は2つあります。1つ目は、明日どうなるかわからない不確実であやふやな世界。野生のヒヨコは明日餌が取れるかどうかはわかりません。同様に私達人も、約9千年前に農耕をはじめ、今日働いても明日収穫できるわけではない、長い未来を見通す必要のある世界で生きてきました。2つ目は、社会性。ヒヨコも人も、集団を形成して社会の中で生きています。
私はヒヨコの採餌行動や社会性についての実験を行うことで、心の仕組みを明らかにしようとしています。そしてその仕組みは、人にも通じる基礎的概念、枠組みかもしれません。例えば、「発達臨界期」という言葉は今では人に対しても使われる言葉ですが、実はこの言葉は動物行動学者のコンラート・ローレンツが刷り込みを研究する中で生まれた言葉なんですよ。研究を重ねて心の礎となっている大事な枠組み・概念を1つでも見つけてみたい。川で砂金を一粒ひろおうとしているようなものです。
モノとして捉えることのできない、心を数式で表すことはできると思いますか?
一番難しい質問ですね。心の動きを、数式で表せるかどうか。これを考えるには2つの問題があります。1つ目は、数の概念や計算能力を、動物も持っているのか。最近の研究で、サルだけでなくヒヨコも計算をしているらしいという研究結果が出てきました。なので、数学的センスは普遍的で、各動物が独立して獲得してきたとも考えられます。2つ目は、心の動きを数学で表現できるか。これは、現時点では表現できていませんが、可能性は十分にあると思っています。なぜなら、数学は奇妙な正しさと奇妙な有効性を持っているからです。2000年間に生まれた定理は今でも正しい。これって他の学問にはない、奇妙な正しさだなと思います。そして、19世紀に生まれた非ユークリッド幾何学が20世紀にアインシュタインの相対性理論を表現する際に役立ったように、どこかで生まれた数学が全く別のところで応用できることがある。なので、私は、今のところ心を表す数式は完成していないけれど、その数式は既に存在している理論を使って作ることができるのではないかと思っています。
ベルヌーイは賭け事の確からしさを数式で表せないかと考えて、今では中学・高校で習う「確率」を作りました。現代のコンピューター技術を使えば、近いうちに心を数式で表すこともできると期待しています。私にとって、最後の宿題といったところでしょうか。
第119回サイエンス・カフェ札幌では、ヒヨコの採餌行動や社会性の実験から見える心・心とは一体何なのか、について、松島さんからより詳しくお話をいただきます。その後、チャットを使ってみんなで質問したり感想を共有したりしたいと思っています。心について、私たちと一緒に考えてみませんか?
第119回サイエンス・カフェ札幌「心って何だろう?~ヒヨコの行動から考える~」
【日 程】 2021年9月25日(土) 15時00分~16時00分
【場 所】 オンライン配信
【ゲ ス ト】 松島俊也さん(北海道大学 大学院理学研究院 教授)
【聞 き 手】 CoSTEP 対話の場の創造実習 受講生
【主 催】 北海道大学 高等教育推進機構 オープンエデュケーションセンター
科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)
【申込方法】 申込不要。以下のページ上で参加用のアドレスをお知らせします。
https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/event/19304
*カフェをより楽しむためにお飲み物をご準備することをおすすめいたします