お部屋にお邪魔すると、本棚にはファイルに綴じられたたくさんのデータがびっしり。森林生態系だけではなく、河川や湿地などを含めたランドスケープがもつ様々な構造と機能を明らかにする研究をされています。
(中村さんの後ろには、データが閉じたれたファイルがびっしり並んでいます。)
“川の蛇行復元事業”の効果。どのように検証したのですか
家のリフォームを紹介する某番組をご存知でしょうか。家の改築を行う際に、改築前の状態と改築後の状態を分かりやすく紹介する番組ですね。今回の研究は、その川バージョンだとイメージしていただけるとわかりやすいかもしれません。ただし、科学的に検証するために大切なのは、「比較する対象が重要」なことです。「蛇行を復元した区間」と「何も手を加えない自然の区間」を比較しました。釧路川の蛇行を復元することで、意図している生態系の復元や自然状態に近い河川景観の復元などの目的を達成できているか調査や評価を行いました。
直線の川をよく見るのはなぜでしょうか
農村活動にとって、河川周辺は重要です。川は曲がっていると、その両側に水分の多い土地がひろがります。直線にすることで河川の水の流れが早くなり、その結果川底が下がって両岸が乾いて農地として利用できるようになります。また、直線にして水を早く海まで流せば、洪水の被害が少なくなると考えられました。そのため、1960年代から河川周辺の土地を利用するために川を直線にして堤防を作り、周囲の湿地を開拓してきました。釧路川も1960〜70年代にかけて直線化されています。
(中村さんが執筆された「川の蛇行復元」)
なぜ直線の川から蛇行した川を復元したのですか
川を直線にした結果、魚や水生昆虫等の河川生物や氾濫原の湿地植物が生息場所を失いました。数を減らしてきた動植物の回復が求められる中、2007年2月から2011年3月にかけて、ラムサール条約にも登録されている日本最大の釧路湿原を流れる釧路川において蛇行復元事業が行われたのです。今回の試みは、釧路川の水はけが悪く、農地として利用されていなかったので実現できました。
どのようにして、川の蛇行を復元するのですか
川の蛇行復元事業は、釧路川河口から32 km上流に位置する1.6 kmの直線区間で行いました。かつての釧路川(現在は本流から孤立した旧河川)と現在の直線化された川をつなぎ直し、直線区間は土砂で埋めて、堤防を取り除きました。そして、1.6 km の “まっすぐな川”を2.4 km の “まがった川”へと復元したのです。
(米国キシミー川で世界最大の蛇行再生をされた研究者と釧路川にて)
視察にきた海外の研究者が「これが去年初めて復元された川とは思えない」と言いました。海外の復元工事ではダイナマイトを使うこともあります。自然界は自分の力で戻るので方法として問題はないのですが、さすがに日本でダイナマイトを使った工事はできません。わたしたちの工事は、自然の川を手本にしました。工事をする際に重機が川岸をはしると植物が痛むので、川をコンパートメントに分けて、川の水をポンプアップして抜きます。そして、川の中から工事を行いました。川底に沈んだ倒木も川の生物にとって大切なので、工事の後には元に戻すように土木の方にお願いしました。日本の土木技術を活かした、日本特有の工事だったと思います。
川の蛇行復元はどのような効果があったのですか
蛇行復元事業によって河川、湿地性の動植物の豊かさを取り戻しました。川の流れは様々な深さや速さをもつ複雑な構造へと変わり、魚類・水生昆虫共に直線区間よりも多くの種類が生息するようになりました。また,魚類については,個体数の増加も確認できました。蛇行復元と堤防の除去によって,洪水時に川の水が周囲の氾濫原に溢れやすくなり、地下水位が上昇して約30ha におよぶ湿原植生が増加しました。
(水生生物の個体数についての調査結果)
議論するためには、科学的に評価をされなければ、社会は動けない
蛇行復元は、今後の河川および湿地環境の復元手法として有効であることが示されました。では、将来的にお金をかけて実施していくことが必須でしょうか。それについては、未来の世代が判断しながら決めていく必要があります。”今”価値があると判断されたとしても、”未来”は将来世代が導くことです。技術は完成していないし、自然界ですから何が起きるかわかりません。お金をかけても実施したほうがいいのか、もしくはお金をかける意味が無いのか、動植物の多様性や物理環境に関するモニタリング調査を続けながら行政が実施した事業についてのコストや効果を見える形で残すことは重要なのです。
北海道の住民にとって、自然を取り戻すチャンスとなるかもしれない
自然のままに残されている川があるなら、将来に向けて残すことは大切です。まずは、今残っている川を保護・保全することが第一で、その次に今回のような再生を考えるべきです。道東の人口はこの30年(2005-35年)で40%程度減ると言われています。これまで農地開発や川の氾濫を防ぐために川を直線にしてきましたが、人口の減少に伴いその必要がなくなってきました。
高度経済成長の中、人間が暮らす場所の安全を確保するために河川改修されてきました。それは、決して悪いことだけではありません。一方で、ちょっと考え方を変えると、今回の研究を通して人間の生産活動を広げることで失われてきた自然を戻せる可能性がでてきたのです。グリーンインフラという言葉をご存知でしょうか。自然生態系が有する生物多様性の保全機能を生かしながら、災害時には防災・減災に活用する考え方です。ヨーロッパ系でよく使われる言葉ですが、簡単に言うと、豪雨の時は水を遊ばせて(遊水地)、平常時は鳥など生物の憩いの場になるイメージです。
今回の技術は、蛇行復元に限らず、湿地の再生、氾濫原の再生など様々な自然の再生技術として使える可能性があります。チャンスと捉えるかは私たち次第ですね。北海道の自然は、人為的なインパクトが少なくてここまできたので、再生できるチャンスがあるのです。
今後どのようなことを期待されますか
事業後のモニタリング調査は,地元の高校生やボランティアの人々も協力して実施しています。一方で、地域社会にとっては、非日常の空間で行われているできごとに映っているかもしれません。自然再生事業によって生物多様性や生態系の機能が向上することはすばらしいことですが、それが、酪農業や地域で生まれるエコツーリズムなど産業を含めた生業に結びつくことで自然資本として活かされ,地域社会や経済が元気になることが最も重要と考えています。
(米国キシミー川にて)
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人口減少社会における自然の再生について、以下のコラムでもお話されています。
生物多様性オンラインマガジン 「人口減少社会における自然の再生」