CoSTEPとダイバーシティ・インクルージョン推進本部の連携企画、ロールモデルインタビューFIKA。
FIKAとは、スウェーデン語で甘いものと一緒にコーヒーを飲むこと。
キャリアや進む道に悩んだり考えたりしている方に、おやつを食べてコーヒーでも飲みながらこの記事を読んでいただけたら、という思いを込めています。
第二弾は北方生物圏フィールド科学センターの安東義乃さん。
安東さんは植物と昆虫の相互作用ネットワークについて研究している学術研究員です。
任期付きで1年更新の働き方を不安に思い、同じ不安を抱える仲間とともにエゾリンク(EzoLin-K)という団体名で起業の準備を進めているところです。
【森沙耶・北海道大学CoSTEP + ダイバーシティ・インクルージョン推進本部】
研究に打ち込んだ大学院時代
虫が好きな両親のもとで育ち、家の中でトンボが飛んでいることもあるくらい自然や虫に親しむ幼少時代を過ごしてきた安東さん。
昆虫に関わる研究がしたいと、大学に入学。修士課程からは人や生物のつながりに興味を持ち、京都大学で外来植物の上の昆虫群集の相互作用システムについて研究をはじめました。
修士課程に入学した当初は研究のレベルの高さや厳しいディスカッションに驚き、落ち込むこともありましたが、フィールドに入り研究についてあれこれ考える時間はとても楽しく、修士課程、博士課程と進むうちに研究に没頭していきます。
博士課程のときに同じ研究室の学生だった夫と結婚、結婚後も生活は大きく変わらず、家でもお互いパソコンに向き合って論文を書くような日々が続きます。
その後、博士号を取得し、研究員に。博士号取得までは研究の楽しさと博士号を取れるかどうかの不安で気持ちが上がり下がりする日々でしたが、博士号を取得したことで、好きなことができ、他の分野の研究者との交流も増えるなど充実した研究生活を送ります。
しばらく研究室とフィールドを行き来する研究漬けの日々が続きますが、そんな中妊娠がわかり、つわりも重かったため早々に研究から離れざるを得ない状況になりました。
安東さん自身は数か月研究から離れて、出産後また自分の研究テーマに戻るつもりでいましたが、周りはそう思っていなかったのか、続きの研究はひとり歩きして結局、安東さんは居場所がなくなったように感じていきます。
「それまで熱中してきた自分の研究がいきなり奪われたようで、とてもショックでした」と語る安東さん。夫は研究を続けるように励ましてくれたものの、以前のような形で研究に専念できないのは事実であり、この研究に自分はもう必要ないという思いが絶えず頭をよぎり、研究へのモチベーションがガクッと減ってしまったといいます。
名寄へ移ってフィールドの面白さを再認識
時を同じくして夫が道北の北大の研究拠点の一つである雨龍研究林へ就職することになり、安東さんも名寄の研究拠点で研究員として仕事をはじめます。
「就職が先に決まったほうについて行き、ずっと一緒に暮らしたい、という話をしていたので北海道へ行くことに迷いはありませんでした」と安東さんは話します。
研究に対するモチベーションを失ったまま、研究者のサポート業務として研究員の仕事に従事します。「自分の研究の基盤がなくなってしまったショックから、このころは毎年参加していた学会も、行きたくなくなってしまっていました」と安東さん。
名寄へ移って驚いたことは、周りの人との距離の近さだったといい、幼い子どもを連れて引っ越してきた安東さんに「心配なことはないか、困っていることはないか」とあらゆる人が声をかけてくる、という今までにない環境だったそうです。
それまで生き馬の目を抜くような環境に身を置いていたため「人に頼ったら負け」という思いから、最初はその距離感に戸惑っていたものの、頼ることを徐々にしていくとそのコミュニケーションから次第にフィールドへの興味や研究を再開したいというモチベーションが回復していきました。
フィールドへ出る気力が戻り、名寄の自然を改めて見てみると、今まで研究対象としていたフィールドと、植物の種類も昆虫の種類もまったく違う生態系であることに驚きます。そこに面白さを感じ、名寄でフィールド研究を再開し、現在の研究テーマの一つである都市における生態学というアイデアに行きつきます。
その後、二人目の子どもを出産。しばらくして夫が札幌キャンパスへ異動となり、安東さんも二人の子どもとともに札幌へ移ります。
1年更新の研究員の限界
札幌へ拠点を移したあとも、研究員として研究者のサポートをしつつ自分の研究も進めていく生活が続いていました。
しかし、研究員は1年ごとに更新が行われる任期付きの職であり、更新のたびに「自分がお願いしてポストを残してもらっているような状態が続くことで、自分の存在も研究も必要とされていないような気持ちになり、自己肯定感がガクッと下がる」という気持ちになっていました。
雇用というセンシティブな話題ゆえ、一緒に働く仲間ともその悩みや不安な気持ちをなかなか共有できないまま、また次の契約更新の時期がやってきて落ち込むというサイクルが続きます。
そのような中で、安定した身分を得ながら生態学者としてどうしたら社会とつながり、知を共有できるかということについてずっと考えてきた安東さん。誰かが変えるのを待っていても何も変わらないと漠然と感じていたものの、前に進む勇気がありませんでした。ある日、それではダメだと感じる出来事があり、それをきっかけに同じく研究員として働く仲間と腹を割って話し合う機会が増えました。皆それぞれに不安や葛藤を抱えながら、社会貢献もしていきたいという気持ちであることがわかり、一緒にこの状況を打破したいという強い思いから、起業という選択肢に行きつきます。
家庭でも研究でもない新たな居場所を求めて
ともに起業する仲間は生態学、行動学、遺伝学、エネルギー工学などの分野のポスドク(期限付き雇用の研究者)です。自分たちの専門知識や技術・経験を活かし、社会と大学の間に立って、正しい知識と環境リテラシーをもって行動できる人材を育てる好循環システムを作ることで社会に貢献したいという共通の思いがあります。
フィールドでの調査や、実験機器の使い方など、同じ分野で研究者を目指す学生に伝えていきたいことはたくさんありますが、今までは来年同じ場所にいられるかどうかわからない、という見通しの効かない状況の中で技術の継承もままならない状況でした。
しかし、起業を通じて社会とつながり、足場を確立させることで長期的な目線で考える余裕もでてきたといいます。
また、研究員として大学に所属する研究者をそばで支えてきた経験から、研究者の業務量の多さも目の当たりにしており、もう少し研究や教育に専念できるような環境を自分たちの働きで整えていくこともできるのではないか、と安東さんは考えます。
二人の子どもが小学生となった今、時間に追われる生活から少しずつ余裕が出てきたことで、自分や周りの悩みや葛藤と向き合い、真に豊かな生活について考えるようになりました。解決の糸口を探りながら家庭と研究、そして新たな居場所であるサードプレイスを築いていき、どれも犠牲にしない、だれも犠牲にならない、という最適解を自分の手で掴み取ろうとしています。安東さんの挑戦はまだ始まったばかりです。
(安東さんの研究のおともは同室の研究員仲間である風張さんが入れてくれるお茶。これが格別においしいとのこと)