ユクカムのオハウ、イナキビご飯、ラタシケプ、チタタプ風チポロ丼などなど。5月22日、中央食堂2階でアイヌ料理の試食会が開催されました。このあと、さらにメニューは改良され、7月3日から期間限定で、函館キャンパスを含む全ての北大生協食堂でアイヌ料理が提供されます。
この「イペアン ロク!(アイヌ語石狩方言で「ごはん食べよ!」)」は、アイヌ共生推進本部と北大生協のタイアップ企画です。この企画を、学内にアイヌ文化があたり前にある環境を作る入り口のひとつとするために、たくさんの方々の協力とさまざまな創意工夫がありました。その一端をお伝えします。
【成田真由美・CoSTEP修了生/いいね!Hokudai特派員】
アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するために
アイヌ共生推進本部は、北大の運営組織で初めて「アイヌ シサム ウレシパ ウコピリカレ ウシ」というアイヌ語の組織名を掲げています。このアイヌ語は「アイヌ民族と、和人を含めたあらゆる出自の本学構成員が、互いに育て、ともに良くしていくところ」という意味です。そのアイヌ共生推進本部が企画立案し、北大生協が実施する、アイヌ料理を北大生協食堂全店舗で提供するプロジェクト「イペアン ロク!」が7月3日(月)~7日(金)の1週間限定で開催されます。
アイヌ料理について、学外からの情報提供
アイヌ民族はおおよそ樺太島南部、千島列島、北海道、東北地方北部を主な生活圏とし、それぞれの自然環境に応じ、アイヌの世界観に支えられた独自の食文化を発展させてきました。アイヌ民族の食文化は、季節ごとの多彩な食材や、周囲の文化との交流から得た品々によって育まれ、それぞれにその時々で新たなアレンジを加えながら、思い思いに楽しまれています。
5月初旬の第1回試食会では、ユクカム(鹿肉)と山菜などが沢山入ったオハウ(汁物)と、数々のアイヌ料理が提供されました。それらのアイヌ料理を調理し持参してくださった、伝統料理に詳しいアイヌの方々から調理方法や食材についての説明を受け、北大生協の方々が提供メニューの試作に取り掛かったそうです。
ご協力いただいた学内外のアイヌの方々から、アイヌ料理は、動物や魚の油、香りの高い山菜(乾燥を含む)を使うことや、味付けも塩だけでなく、味噌や醤油なども地域により早くから使っていたこと、同じ料理でも季節や地域、家庭により使う食材に違いがあることなどを伺いました。また呼び名も地域によって違います。例えば、あえ物は北海道ではラタシケプ、樺太ではチカリベと呼ばれています。アイヌ民族は狩猟、漁猟、採集、農耕を行っていたこと、食材に応じて様々な加工保存の技術があることも教えていただきました。
制約がある中でのメニューの選定
紹介された数々のアイヌ料理から、調理のしやすさや提供価格も考慮して北大生協の方々が提供メニューを選定しました。北大生協食堂全店舗で提供するため、店舗ごとに調理場の状況が違うことを前提として、安定した流通量があり確保しやすい食材を使用するなど、制約の多い中で提供メニューを試作されました。
5月22日の第2回試食会でかぼちゃのラタシケプは、カボチャだけのものとジャガイモをまぜたものの2種類が提案されました。また、農耕による生産物であるイナキビと米を一緒に炊いた、儀式のときにはよく供されるイナキビご飯も用意されました。
また今回提供されるオハウのメインはユクカム(鹿肉)です。オハウは、肉や魚の他にも山菜や季節のものをふんだんに入れた具沢山の汁物料理だそうですが、北大生協食堂で提供するメニューとして、山菜などを手に入りやすい野菜で代替して、第1回試食会のオハウに近づけられるよう工夫したしたそうです。今回使われるユクカムは、アイヌのハンターの方が狩猟されたものだそうです。アイヌの世界では全ての動物は内に人と同じ姿をした魂を宿しており、それらが動物になってやってきてくださると考えるので、狩猟時にも神送りの儀式があるそうです。ただし、鹿や鮭など重要な食料となる群れる生き物は、個々がカムイではなく、人間界に獲物を送り出すカムイがそれぞれにいると言い伝えられているそうです。そして、狩りや祈りの作法が悪いとカムイは腹を立てて獲物を出さなくなるとも…。料理に使われる食材ひとつとっても、文化的な背景があります。
その他にも、アイヌもよく食べてきた食材をアレンジした料理として、トラウトサーモンのチタタプ風(生魚のたたき)とチポロ(いくら)を盛り合わせた丼ぶりもありました。
いざ実食!
今回の試食会では実際に毎日のように北大生協食堂で食事をしている学生の意見を反映すべく、今年度から活動を開始した「アイヌ文化サークル」所属の学生と北大生協学生委員会のメンバーなど総勢11人の学生が招待されていました。最初に北大生協の担当の方から料理の説明を受けてからの実食となりました。そして実食後には、北大生協の担当の方々が料理の感想や希望価格などを丁寧に聞き取りしていました。学生の胃袋を支える食堂は、味にも価格にもシビアです。頂いたご意見を参考に、ここから更にアップデートして「イペアン ロク!」での提供が開始されるとのことです。
とはいえ、初めてアイヌ料理を口にするらしい学生も。「美味しそう!」「美味しいね」、「これ、なんだっけ?」「そうなんだ~!」と会話が弾んでいました。美味しい食事は、ひとを饒舌にするようです。
また「イペアン ロク!」の期間中は、北部、工学部、クラーク食堂限定ですが、関連書籍などの展示もあるそうなので、こちらも楽しみです。
学内にアイヌ文化があたり前にある環境の整備
アイヌ共生推進本部は、活動の一環として「イペアン ロク!」などの文化振興を進める中で、「アイヌ民族にルーツを持つ学内構成員にとっては安心な環境の確保につながり、またそれ以外の構成員にとっても先住民族文化への理解がより深まること」を期待しているそうです。
他にも、北図書館との合同企画として東棟2階では、5月中旬から「本から学ぶアイヌ民族のことば、暮らし、歴史、交流」展が開催されています。カウンターからよく見えるエリアの低めの書棚の上に、それぞれの表紙が見えるように展示されていて、思わず手に取りたくなる仕様です。貸出中の書籍も結構あり、北大生の関心の高さがうかがえます。展示は6月上旬終了予定でしたが、23日(金)まで展示期間が延びたそうです。
さらに、アイヌ共生推進本部では、アイヌ民族に関する学部1年次の全学教育科目(必修科目)や教職員向けの研修をスタートさせています。
「おいしいね」と言えるまで
取材の最後に、ご協力いただいたアイヌの方が「私は親世代からアイヌのことをなにひとつ教えてもらえなかったのよね。アイヌに対する差別とか嫌な思いをしてきたから、役に立たないって。だから私、定年近くになってから改めて学び直して実践してきたんだけどね、美味しい野草とか保存方法とかは、親が教えてくれたことが基礎になっているから、やっぱり親には感謝しかないよねぇ」と穏やかな笑顔でおっしゃっていました。「開拓」以降の生活環境の変化や開発による自然環境の変化で、栽培していない植物など一般に流通していない食材を入手することには苦労しているそうです。また、新しい食材や調味料を取り入れて調理されているご家庭もあると伺いました。
差別や偏見、同化政策などにより途切れかけた文化を新たに結び直し、その素晴らしさと文化を維持することの大切さや難しさを教えてもらえた試食会でした。ありがとうございました。
北大生協食堂は学外の方も利用できます。お時間の取れる方は、お昼などの混雑時を避けてお越しください。初夏の北大札幌キャンパスは緑の木々の間を抜ける風が気持ち良い季節です。
注・参考文献:
- アイヌ シサㇺ ウレㇱパ ウコピㇼカレ ウシ/アイヌ共生推進本部
- 国立アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブ(アイヌ語の単語の意味や表記を知りたい時に便利です)
- 秋野茂樹 2004: 「アイヌの食事」 榎森進(編)『アイヌの歴史と文化 Ⅱ』創童舎.
- 藤村久和 2019: 『アイヌのごはんー自然の恵み』デーリィマン社.
- 濱岡則子 1968: 『アイヌ料理入門』私家版.
- 萩中美枝 他 1992: 「聞き書 アイヌの食事」『日本の食生活全集48』農山漁村文化協会.
「イペアン ロク!」
日時: 2023年7月3日(月)~7日(金)
場所: 北海道大学生活協同組合食堂 全店舗
(北部、中央、工学部、農学部、クラーク、医学部、ポプラ、水産)
*営業時間などはWebで確認ください。
*ユクカムのオハウは北部食堂と中央食堂のみ、数量限定での提供となります