CoSTEPとダイバーシティ・インクルージョン推進本部の連携企画、ロールモデルインタビューFIKA。
FIKAとは、スウェーデン語で甘いものと一緒にコーヒーを飲むこと。
キャリアや進む道に悩んだり考えたりしている方に、おやつを食べてコーヒーでも飲みながらこの記事を読んでいただけたら、という思いを込めています。
第四弾は国際広報メディア・観光学院の大友瑠璃子さん。
大友さんは学部生のときに言語教育に興味を持ち、修士課程をオーストラリア、博士課程を香港で過ごしました。しかし、最初から留学を念頭に置いていたわけではなく、学びたいことを学べる場所を求めていった先に海外での研究に行きついたといいます。どのような選択をしていったのか、そして研究の場であるフィールドワークでハラスメントが起こらないための環境づくりの活動(Harassment in Fieldwork, HiF)についてもお話を伺いました。
【森沙耶・いいね!Hokudai特派員 + ダイバーシティ・インクルージョン推進本部】
就職と大学院進学で悩んだ大学3年生
大学の専攻選択については「教職課程の科目の単位が楽に取得できるといった安易な理由で英文学専攻にしました」と大友さんは振り返ります。しかし、そこで受講した授業で、小学校の英語教育がアカデミックな議論よりも、政治や力のある団体や世論に大きく影響されることを知り、ショックを受けます。
「英語教育政策が作られていく中で、それによって一番影響を受けるであろう子どもや先生の声を反映するしくみがないことを知り、ショックを通り越して怒りを覚えました。」と大友さん。
こういうことを研究をしてみたい、とこのときはじめて修士に進学することを検討しはじめます。しかし、当時、すでに就職活動は始めていた大友さん。就職活動もスムーズに進み、就職先もすんなり決まっていたものの、「進学したい」という気持ちを捨てることができなかったため、働いてお金を貯めてから修士へ進むことを検討していました。その話を両親にしたところ、「働いている間にその気持ちがなくなってしまうかもしれないから、やりたいと思ったときに行ったほうがいいんじゃない?」と背中を押され、就職せずに修士に進むことを決意。
しかし、先生に相談するとその時点ですでに日本の大学では修士課程の試験は終了しており、海外の大学院で修士課程に進むことを提案されました。
進学先のオーストラリアで論文を書く難しさに直面
「はじめての留学先なのであまり日本と時差のないところで、比較的”日本円が強く”、言語学について学べるところで探しました」と、オーストラリアの大学を選択。
日常生活にはすぐに慣れましたが、研究では卒業論文と修士論文に求められるレベルの差や英語のアカデミックライティングをなかなか会得できず「なんでこんなに一生懸命書いたのにダメ出しされるんだろう」と指摘されていることがわからず、最初のうちは苦労したといいます。
自分がどれだけ頑張ったかアピールする場ではなくて、読み手に負担ない形でどれだけ納得させるかを考えて書かなければいけないというアカデミックライティングのコツを体得できたことで戦略的に論文を書く作業を楽しめるようになります。
実家で過ごした博士進学までの宙ぶらりん生活
オーストラリア留学中に東日本大震災があり、修士修了後は帰国し、しばらくは実家のある仙台で過ごします。「博士課程に進みたい気持ちはあったものの、その先には研究職しかないと思っていたので、就職の幅を狭めるリスクをとってまで進むべきかどうかで悩んでいました」と大友さん。モヤモヤした気持ちを抱えたまま、中学校の非常勤英語講師や英会話教室の先生、大学での言語学研究のプロジェクトアシスタントなどの仕事を掛け持ちしながら過ごします。
そのような生活の中、やはり博士課程に進んで研究したいという思いが強くなっていき、日本で言語政策の研究ができる大学を探します。著書に感銘を受けた研究者にコンタクトをとってみると、日本から香港に移ったことが判明。その研究者が所属する香港大学では博士課程の学生に対する金銭的な支援が手厚いことも後押しとなり、香港大学の博士課程に進学することを決めます。
日本のフィールドと行き来した香港での博士課程
大友さんは修士課程まで日本の英語教育政策について研究をしてきましたが、東南アジアの国々から介護士・看護師候補者の労働移民を雇うという動きに注目し始めました。「大きな枠組みは貿易協定だけど、これは言語政策なのではないか?」と、博士課程では研究の対象が日本語教育を含む言語政策へシフトしていきます。
それまで政策文書などの文献調査がメインだった言語政策の研究分野で、政策が影響している場所でフィールドワークをする、という動きが盛んになってきていたことから、大友さんも外国人労働者を雇用する日本の介護施設を対象に調査を行い、日本と香港を行き来する生活を過ごします。
大友さんはその頃を「全部合わせると合計3〜4カ月はフィールドワーク先の土地に住んでいました。フィールドにいる間はほぼ毎日介護施設に通っていました。インタビューや観察調査をして、それが終わったらそのデータを整理するということを繰り返していて毎日必死でした」と振り返ります。そのようなフィールドワークを経て、博士号を取得し、日本に帰国します。
若手研究者との交流で生まれたフィールドワークのハラスメントへの問題意識
香港で博士号を取得後、北大で研究者として歩み始めたころ、他大の若手研究者との交流会でフィールドワークやそこで体験したハラスメントや”ハラスメント”と名前を付けて語っていいかも分からない小さな”もやもや”について話す機会がありました。
交流会はその場限りのものでしたが、大友さんを含め話し合ったメンバーは「安全に若手研究者や女性研究者がフィールドワークをできる環境づくりが大事。実態把握も含め、何か行動を起こすべきでは?」という共通認識を継続して持っていました。そこで、このテーマに向き合うためにHiF(Harassment in Fieldwork)という有志の団体を立ち上げ、共同研究として取り組んでいくことになりました。最初は交流会で話し合った大友さんを含む3名のみでしたが、取り組みに共感した人が参加し、現在は8名で活動しています。
この共同研究の活動の1つとしてフィールドワーク先で起こったハラスメントの体験談を収集し、HiFのウェブサイトで公開しています。
大友さんは、これらの活動を進めていく中で見えてきた大きな課題が少なくとも二つあると言います。
一つ目はフィールドワーク先で起きるハラスメントの存在自体があまり知られていないことです。
「フィールドワークの方法論の教科書を見ても、「あなたが傷つけるかもしれません」とは書いていても、「あなたが傷つくかもしれません」と書いているものはほとんどないように思います。まずは、フィールドワーカーの気持ちの上で、そういう可能性があるんだということを知ってもらえたらいいのでは、と思い体験談を公開しています」と大友さん。何か起きたときにどう対処するかと、起きないようにどう対処するかという点でも体験談が参考になるかもしれないと言います。
もう一つの問題点はハラスメントに遭った人への大学などの研究機関が取る救済措置についてです。
「修士課程や博士課程など、決まった期間の中でフィールドワークをして成果を出さなければいけない人たちがハラスメントから逃げられないという状態を作りたくない。大学側が修学期間を延長できるようにするとか、何かしら“経験しなくてもいいことを経験してしまった人”に対しての救済措置があってほしいと思います」と大友さん。
HiFではウェブサイトで体験談を公開するとともに、関連する書籍の読書会や産婦人科医を招いたイベントなど、精力的に活動を続けています。
「フィールドワークが危険だと思ってほしくはない。次の世代のフィールドワーカーが傷つかないで安全にフィールドワークができるような道を開くことが大事」と大友さんは話します。活動が始まって3年、未来の研究者のためにもこの大きな問題への大友さんの挑戦は続きます。
FIKAキーワード 【ハラスメント】
大友さんの研究室ホームページと、フィールドワークとハラスメント(Harassment in Fieldwork, HiF)のサイトはこちら