セイコーマートのとなりは居酒屋まさもと、そのとなりは食堂だいまる。北大通りには飲食店や古本屋や受験生相手の旅館が軒をつらねている。居酒屋弁財船、古本の弘南堂、おさむら旅館、ホテル恵びす屋、喫茶アップサージ・・・・・・。俊介は北大軒の前で足をとめた。暖簾が出ていない。暗い店内をのぞきこみ、唇をかんだ。
盛田隆二『夜の果てまで』初出1999(角川書店2004, p8)
時は1990年3月なかば、恋人に振られた主人公の安達俊介は寒空の下、アパートを出て北大通りをひたすら南下していきます。「物語の中の北大」第12回で紹介するのは、札幌キャンパスのすぐ東側に沿って南北に伸びる北大通り、正式名称「西5丁目樽川通り」で彼がみた風景です。
立ち並ぶ店のうち、残念ながら現在残っているのは弘南堂だけです。写真に写っている弘南堂のすぐ隣にはおさむら旅館があり、その向こう側の電飾看板が路上に出ている建物はホテル恵びす屋でした。2010年7月に撮影されたGoogleストリートビューでは弁財船の在りし日の姿を見ることができます。
この物語の重要な舞台が、冒頭に登場する今はなきセイコーマート北大前店です。俊介はここでアルバイトをしていますが、そこには毎週土曜日の夜、95円のチョコをひとつ万引きしていく女性が現れます。その年上の女性、涌井裕里子と俊介は偶然に別の店で出会い、人妻と学生の二人は引き返せない恋の道をひた走っていきます。
その詳細をここで紹介してしまうのは興醒めですので、学生としての俊介を深堀りしてみましょう。彼は鹿児島出身。北大文学部の学生で、物語中で3年生から4年生になります。卒論では、カムチャッカ半島を生活圏とする古アジア族の社会・文化・生態・言語等のシステムを研究しようと計画しますが、9月になってもまだ詳細なテーマを決められずにいます。ちなみに彼のセイコーマートバイト仲間の岡本は、農学部で近代農業経済を研究しており、卒論のテーマは酪農牛舎の規模別作業効率です。俊介は「うらやましいほど具体的だな」と評します。
彼は裕里子と札幌を離れる時も、卒論のためにと『北方文化講座』という文献を持っていくという妙な真面目さがあります。この『北方文化講座』という本あるいは雑誌は見当たりませんが、彼の研究テーマとあわせると、彼は文学部北方文化論講座に所属していたのではと思われます。そしてこの講座では『北方文化研究』という紀要を発行していました。これが『北方文化講座』のモデルかもしれませんが、さて・・・