簡単には近づくことのできない海底。地球表層の6割以上の面積を占める海洋の地殻がどのようにつくられたか、まだ解明されていない部分が多くあります。今回、その手がかりとなる岩石の採取に、世界で初めて成功した前田仁一郎さん(理学研究院 特任准教授)とピトン マリさん(理学研究院 助教)らにお話をうかがいました。
(左:前田さん、右:ピトンさん)
地球の歴史をひも解く研究
岩石は鉱物と呼ばれる結晶の集合体です。例えば石英(水晶)が鉱物の代表的なもので,宝石のダイヤモンドやルビー、サファイヤなどもそうです。岩石のなかに入っている鉱物の種類や化学組成、それにどれくらい入っているかなどを調べれば、岩石が形成された温度や圧力、つまりどの位深いところでできたのかなど大変多くのことがわかるのです。また同位体比をはかることによって生成された年代もわかります。
海底のプレートは少しずつ動いています。例えば太平洋の海底は、太平洋の東にある東太平洋海嶺から日本の方に近づいてきていて、今沈み込んでいる最も古い海底は約1億7000万年前に東太平洋海嶺でつくられたものです。
地球の進化を理解する上でのなぞ
地球は成層構造をしています。真ん中に「核(コア)」があります。コアの周りに「マントル」があり、さらにその上に「地殻」が存在しています。「地殻」は、ゆで卵に例えると卵の殻のような部分で、直接アクセスできるので核やマントルに比べると圧倒的に多くの研究が行われています。それでも判っていないことが沢山あるのです。今回の発見もその 1 つでした。
大陸の地殻(比較的 SiO2に富む)と海の地殻(SiO2に乏しい)は本質的に性質やでき方が違っています。海には簡単に潜ることができないので、陸にいながら研究できる大陸の地殻に比べ、海の地殻はわからないことだらけです。詳しい研究がはじまったのは第二次世界大戦以降であり、大陸移動説や海洋底拡大説を経てプレートテクトニクスが完成したのもまさに海底の研究の成果であるのです。
地球表層の6割以上の面積を占める海洋地殻がどのようにしてつくられるのかはまだ完全には解明されてはいません。それはその過程で形成されるはずの岩石、つまり「初生的層状はんれい岩」がまだどこからも見つかっていなかったというのも大きな理由の一つです。今回初めて採取された「初生的層状はんれい岩」は、海洋地殻の形成プロセスと、海洋地殻全体の化学組成を知るための大きな手がかりとなりました。
(掘削したはんれい岩の写真)
地球の表層を知る上で、重要なキーとなる岩石を手に入れる
今回の調査は、ガラパゴス諸島西方沖約1000kmにある東太平洋海嶺で行いました。ここは、地学研究者にとって、地球上にある魅力的な名所の一つ。なぜかというと、東から別の新しい海嶺が進んできているために,約120 万年前に東太平洋海嶺でできた海洋プレートが切り裂かれて深い割れ目ができています。その裂け目に、通常なら地下深くに隠されている岩石が顔を出しています。
このような地下深くにある岩石が断層などによって比較的浅い位置に顔を出している場所をテクトニック(構造的な)ウィンドウといいます。つまり「深い部分の地殻が見える窓」ですね。地殻の深くにある岩石を採取するためにまともに上から掘っていては、何ヶ月もあるいは何年も掘り続けなければなりませんからね。海洋地殻がどのようにつくられたのかを知るために、この場所にある形成時の状態に近い岩石を採取しました。
どうやって採取するのですか?まさか潜ったり・・・
もぐりませんよ。石油や温泉のボーリングと全く同じです。掘削船には高いやぐらがあり、そこからドリルを海底におろして掘削します。海域での調査は水深4000mを越える深海底で行われるので、時間もお金もかかる困難な作業となります。その中でも場所を決めるのは最も重要な作業とも言えます。見えない海底の中を推測し、事前調査を入念に行います。潜水調査船で調査したり、ときには人工的に地震を起こすことで、地震波の違いから岩石の性質の違いを調べます。それでもまだ完璧ではありません。以前に大西洋中央海嶺に調査にいったときは、浅いところに地殻とマントルの境界があるはずだったのですが、この時は 1400 m も掘りましたが結局最後まで狙っていたマントルには到達しませんでした。
海底深くにおける作業ですので、掘削すべき場所が見つかりにくい上に、岩石を掘削するために使うドリルは約6時間しか穴をほれません。ドリルの先の刃はとても固い金属で作られていますが、回転の摩擦でボロボロになって使えなくなってしまうからです。また、まわりの岩石の圧力によって孔がつぶれてしまうこともあります。その場合には別の穴を掘るしかないこともありますし,船の上からセメントを入れて固めてからもう一度掘りなおすこともあります。掘った後には丸い筒のようなものを穴に入れて、穴がつぶれないようにすることも多いのです。
今回の調査では約2ヶ月で16程度の穴を掘ることになりました。つまり、中々うまく掘れなくて場所を何回も変えざるをえなかったのです。こんな具合で最初のうちは岩石がとれない日が続きました。初めてうまくとれたのが確かクリスマスの日で、「サンタの贈り物だ」なんて言って乗船者たちでお祝いしました。
20年越しの想いを達成
実は、20年前にも同じ場所で掘削がおこなわれました。この時はちょっと離れた場所で地殻の浅い部分を掘りました。その時にこの場所の重要性がはっきりと判ったのですが、結局もう一度ここで掘削するのに20年という長い準備期間がかかったのです。海底掘削の研究には地道で長い準備が必要なのです。この20年前も掘削は困難で、なかなかうまくいきませんでした。掘削のための船はジョイデスレゾリューション号といって20年前も今回も同じですが、今回は掘削の装置とそれに技術が進歩したのですね。そのおかげで研究の目的を達することができました。わたしたちの研究分野は、技術者の協力があってこそです。船には掘削の専門家がいて、彼らがチャレンジングで試行錯誤を何回も繰り返してくれたおかげで最終的に成功したのだと思います。私たちの研究は1人で行うのは不可能です。たくさんの研究者や、良い技術者に支えられて続けられているのです。
誰も証明できなかった真実
約40年以上も前から海洋地殻の最も下部は、層状はんれい岩によって構成されているだろうと考えられていました。しかし、海底深くから実際の試料を採取することができずに証明できなかったのです。掘削には時間もかかるし、大勢の専門家や研究者が力を合わせる必要があります。
先ほども話しましたが、40年くらい前から地殻下部には、層状のはんれい岩があるだろうと言われていました。けれども、海洋地殻がどのようにつくられたかを解明するためには実際に現場から採取して証明する必要がありました。それが、今回の掘削で、層状構造があるはんれい岩が採れたのです。この岩石が見つかり、何十年もかけて予測されていたことがようやく今回証明できたのです!
(今回の掘削で、実際に採取した岩石)
なぜ予想されていたのか
海洋底の岩石は、実は、海の底に行かなくてもみられるところがあります。例えばインドとユーラシアがぶつかってヒマラヤ山脈ができていますが,ぶつかる前にはインドとユーラシアの間には海洋プレートがあり、それがユーラシアの下に沈み込んでいたのです。ところがその間にあった海洋底の一部が、陸同士がぶつかった時に片方の陸の上に乗り上げ,それがそのまま残っていることがあります.その代表例がオマーン国にあります。ここでは恐竜がいた時代である白亜紀の海洋地殻が陸にあがっていて、現在の水深4000mの海底からさらに掘削しないと採取できないような岩石を陸上で観察することができます。私たちは海底のなぞを解き明かすために、海だけではなく砂漠や山にも足を運びます。
ミッシング・ロックの採取によって解き明かされる
最後まで取れなかった海洋地殻の深い部分の岩石が手に入ったことで、海洋地殻がどのように形成されたのかが実際の試料によって解明されました。また含まれている鉱物の化学組成から海洋下部地殻を形成する過程で、複数の異なるマグマが不均質に分布しており、その後に混ざって結晶化が進んだということも分かりました。
(調査の際に海底深くまで沈めたカップ)
石がこんなに薄くなるのですか?
実際に岩石を観察する際は、厚さ0.03 mm位にまで薄く磨き、光学顕微鏡で観察したり、電子顕微鏡で分析します。このときにも、私たちを強力にサポートしてくれる技官の皆さんの力を借ります。もちろん自分でも薄片をつくることはできますが、北大には信頼できるテクニシャンが2人もいるんですよ。技術力のある技官がいる大学なんてなかなかないので、感謝しないと。作ってもらった薄片は顕微鏡で観察したあと,電子顕微鏡で化学組成を分析します。
(厚さ0.03 mmの薄さに磨かれた薄片)
これからの話
調査は世界中から集まった研究者、30人くらいで行いました。30年以上前からのプロジェクトで、総合国際深海掘削計画(IODP)における米国科学掘削船ジョイデスレゾリューション号による第345次掘削航海です。
このような調査はインド洋、大西洋でも行っています.実は海嶺の拡大速度は中央海嶺ごとに大きな違いがあります.今回の東太平洋海嶺は最も速い海嶺で,大西洋中央海嶺は遅い海嶺,インド洋の海嶺は最も遅い海嶺にあたります.この拡大速度の違いに対応して太平洋や大西洋,インド洋の海洋底には大きな違いがあると考えられており,私たちも含めて世界の多くの研究者たちが精力的に研究しています.特に日本は地球深部探査船「ちきゅう」を持っており、拡大速度の速い太平洋の海洋地殻の一番上から地殻の下部を経てマントルまでを連続的にまるごと掘削するという構想を推進しています。このためには海底の岩石を約6000 m以上も掘り下げることが必要になります.そのためには掘削期間だけでも1年以上はかかるでしょう。今回のように、テクトニック(構造的な)ウィンドウ、つまり「地殻の窓」をねらって掘るのではなく、完全な掘削をめざしているところは日本人の几帳面さも関係しているのでしょうか。
船の上は、多国籍の研究者だけではなく、プロのカメラマンや、研究の様子を陸にいる子ども達に伝える教育担当者、もちろんたくさんの技術者と乗組員の方々がいます。2ヶ月という長期に及ぶ過酷な航海ですが、調査以外の時間にイベントで歌を歌ったり、パーティをしたり、みんな家族のようになりますよ。次の航海も楽しみです。