ここ、北海道大学には思わず誰かに話したくなる名物授業がいくつもあります。

舞台は夜の津軽海峡、船上でサバやイカを次々と釣る学生、甲板で船を掃除する様子、船を操船する学生。これ全部、北大のとある授業風景です。しかも竿やハンドルを握っているのは文系や医系、総合入試で入学した学生など水産学部以外の学生たちです。
今回ご紹介する一般教育演習「海のフィールドで試す」は北大が誇る名物授業と言って間違いないでしょう。
この授業は、夏休み期間中の3泊4日、北大水産学部の附属練習船「おしょろ丸」に乗って船上で行います。「おしょろ丸」は、海洋環境を目の前に確かめながら、学んだ知識を船上で実践し、疑問をその場で検証できる、理想的な「洋上のキャンパス」です。
どの学部の学生でも船の上で授業が受ける機会があるなんて、北大ならではですね。
本記事では、『いいね!Hokudai』取材班がこの実習に密着し、その魅力をふんだんにお届けします。
皆さんもきっと「おしょろ丸に乗って学んでみたい」と思っていただけるはずです。
講義が行われるのは札幌から電車で約4時間、北海道大学の函館キャンパスにある水産学部です。この講義では学生が練習船「おしょろ丸」に乗船し、津軽海峡という海のフィールドでグループ学習を行います。

現在の「おしょろ丸」は2014年に「おしょろ丸Ⅴ世」として運用が始まりました。水産科学分野で活躍する人材育成のために作られた「おしょろ丸」は、世界水準の教育研究の環境が整う、まさに「洋上のキャンパス」です。
3泊4日のプログラムには、イカ釣り、集魚灯を使った魚釣り、音響データ解説、海洋プラスチック観察などここでは紹介しきれないくらい実習が詰まっています。2025年9月2日、そんな「おしょろ丸」に今年も約40名の学生が乗船し、授業が始まりました。いざ、出港です。
夜の甲板で始まる「イカ釣り」「サバ釣り」
この授業で人気の実習のひとつが、乗船初日の夜に行うイカ釣りと集魚灯を使った魚釣りです。
釣りは初めてという学生も多いなか、次々とサバとイカが釣れていきます。「自分も釣れるかな、釣れたら写真撮ってください。」と不安げな学生も、すぐに笑顔に。教員や水産学部の先輩に教わり、釣りをすること3時間、生け簀はサバとイカでいっぱいになっていました。釣れた時の学生の笑顔が素敵でした。釣ったサバを使って、解剖実習が行われます。いつも食べている魚ですが、その臓器や構造は知らないことばかりです。


この乗船期間中には「イカの釣り方」「計測の方法」「イカを取り巻く海洋環境」などイカにまつわることだけでもたくさん学びます。「イカはこう計測します」と座学で学ぶより、自分で釣ったイカを計測する方が深い学びになるのも当然ですね。学生たちは教科書から学んでいるのではありません。この授業の先生は担当する水産学部の教員であり、イカやサバなどの生き物であり、この大きな海そのものです。座学で聞いて、実践して、釣ったイカを見て、学生が学んでいきます。
釣りの実習のあと、自分たちで釣ったイカをみんなで味わいました。このとき、教員から「自分が学生だった頃と比べると、イカの価格は十倍以上に上がっている」という話がありました。「今日のこの皿の量なら、今は数千円」と聞くと、海洋資源の変化が身近に感じられます。
もともと函館市はイカを「市の魚」に指定するほど深いかかわりがありますが、近年は不漁に悩んでいます。今日釣ったイカは昔、もっと簡単に取れていました。函館のイカの漁獲量は減少傾向にあるものの、釣りたて新鮮なイカの味は格別で、すぐにどの皿も空になっていました。

ここでこんな疑問が生まれます。
「なんでこの日はこんなに魚が釣れたの?」
「どうしてイカや魚が釣れにくくなってきているの?」
この講義の大事な要素は学びの姿勢です。
「なんで?」という疑問とそれを検証する場、そして講義で得た知識とその実践、これらが交互に船上で繰り返されます。これがまさに「洋上のキャンパス」と言われる「おしょろ丸」の教育船としての強みです。
早速、「なぜこんなに魚が釣れたのか」、その疑問に答える技術を見ていきましょう。
「水産」×「工学」│おしょろ丸の音響機器
もちろんそれは偶然ではありません。
おしょろ丸には魚を探すためのソナーと魚群探知機が備わっています。ソナーは360度全周に音波を出し、広い範囲を見渡します。一方、魚群探知機は船の真下を見ています。ソナーで遠方の魚群の場所を探し、魚群探知機で魚がどの深さにいるのかを判断しています。
今回の釣りのポイントはこうした音響機器を使ってサバの魚群を確認し、決めていました。研究教育に用いられる「おしょろ丸」には、単に魚群の場所を判断するのではなく、 “計量”魚群探知機が搭載されています。計量魚群探知機は生き物の種類や密度の推定まで行うことができます。モニターで魚群を確認しながら、ソナーと魚群探知機の見え方や応用例なども学んでいきます。もちろん、こうした音響機器を使っても、実習であまり魚がとれない年もあると言います。

北大の水産学部は4学科で構成されます。水産学部と聞いたときに、どんな学問分野が皆さんの頭に浮かぶでしょうか?このように「水産」×「工学」を掛け合わせた研究室もあり、多様な応用研究ができるのが北大の水産学部の強みです。
一方でイカが釣れにくい理由のひとつに、海洋環境の変化があります。こうした海の環境を調べる手法のひとつがCTD(Conductivity, Temperature, Depth)観測システムです。

この大きな装置を海中に降ろして、観測・採水をしてきます。この実習でも2つの深さで海水を集めました。海水を確かめてみると、今回採水した2地点では数値上、塩分に差があるようですが、なめても味やにおいに違いは感じられるほどではないようでした。この装置を使って、塩分や水温などの海洋の環境を計測できます。実習後に過去のデータを用いて、データをグラフ化し、傾向を読み取る演習を行いました。学生の表情も真剣です。

洋上のキャンパス「おしょろ丸」での学び
ここまでこの授業の実習をいくつか紹介してきました。ここでは、海洋にかかわる環境問題について、目の前にその問題が広がっています。サバやイカを釣るという楽しい体験、釣った魚を使った解剖実習、音響装置やCTD。体験が学びを深く、そして新しい問いを生むことにつながります。学生たちの学びの意識が変わっていきます。こんな洋上のキャンパス「おしょろ丸」での学びのスタイル、いかがでしょうか。
前編ではイカや海洋を取り巻く海洋問題に関する実習をご覧いただきました。
後編では船での暮らしやまだまだ続く乗船実習の様子をお伝えします。
ぜひ合わせてご覧ください(近日公開予定)。