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気候をデザインし、知を育てる——飼育技術者・本田直也さんの実践に学ぶ、知のつくり方と伝え方

希少な野生生物を守る飼育の現場では、「正しい答え」を知っているだけでは足りない。刻々と変化する環境や個体の状態を読み取り、その場その場で判断し続ける力が求められるからだ。
一般社団法人・野生生物生息域外保全センター代表理事の本田直也さんは、こうした複雑な現場に向き合いながら、環境を設計し、経験を知へと育て、次の担い手へと手渡してきた飼育技術者である。

(飼育は、温度や給餌といった個別技術の集合ではなく、多様な専門領域が相互に関係しながら生成していく「全体」として設計される)
(作業中の本田直也さん)

本田さんが語るのは、動物を「どう飼うか」だけではない。見えない気候条件をどうデザインするのか。個体ごとに異なる世界を、どう理解しようとするのか。そして、現場で生まれる経験知を、いかに共有可能な知として育てていくのか。その実践は、飼育という営みを超えて、知のつくり方と伝え方そのものを問い直すものでもある。

「飼育はカオス」——複雑さと向き合うという前提

「飼育は、変数が多すぎる。ある意味カオスなんです」

本田さんはそう語る。

建築学、動物福祉、生態学、生物学、繁殖学、行動学、心理学、栄養学、獣医学、衛生学、エンリッチメント、造園やランドスケープ——飼育という営みは、これら多様な専門領域が複雑に絡み合う実践だ。単一の要因やマニュアルだけで説明できるものではない。

だからこそ本田さんは、複雑なものを小分けにして単純化するのではなく、複雑なまま理解することが重要だと強調する。顔を「目」「鼻」「口」と分解しても、その人の顔は理解できない。飼育も同じで、部分だけを見ていては全体はつかめない。

本田さんが言う「飼育の全体性(ホーリズム)」とは、そうした前提に立つ姿勢のことだ。この考え方は、科学技術を社会に伝える場面にも通じる。要点だけを切り出して説明すれば分かりやすくはなるが、現場で何が起きているのか、どんな判断の積み重ねがあるのかは見えなくなる。単純化しすぎないこと——それは、飼育にも、知を伝える営みにも共通する重要な前提である。

(飼育は、温度や給餌といった個別技術の集合ではなく、多様な専門領域が相互に関係しながら生成していく「全体」として設計される)
「気候デザイン」——見えない環境を設計する

本田さんの専門性は、特定の動物種に詳しいことだけではない。「気候デザイン」——生息地に応じた気候を、人工的な環境の中でいかに再現できるか、という点にある。

(気候を基盤に、行動・繁殖・認知までを含めて設計する――本田さんが実践する「飼育環境デザイン」の全体像)

恵庭市の保全センターでは、一般的な空調ではなく、輻射(放射)式冷暖房を用いている。空気を直接温めたり冷やしたりするのではなく、空間そのものの条件を設計し、そこに個別の熱源を配置することで温度勾配をつくる。こうした方法により、熱帯から高山帯まで、多様な気候条件を人工環境で再現することが可能になる。

(周辺環境(熱)をデザインすると、行動評価の前提が変わる(キリン/ダチョウの例))

ここで重要なのは、温度や湿度といった数値そのものよりも、生き物がどのように環境を感じ、行動するかという点だ。目に見えない環境要素を、いかに質の高い状態で設計し、維持するか。その判断は、経験と観察、そして状況に応じた意思決定の積み重ねによって支えられている。

動物の「環世界」に立つ——二人称的かかわり

本田さんの飼育哲学の中心にあるのが、「環世界」という考え方だ。すべての生き物は、それぞれ固有の知覚や経験にもとづいた世界を生きている。同じ環境にいても、何が見え、何が意味をもつかは種によって異なる。

(相手の世界に立たなければ、正しい理解も適切なコミュニケーションも成立しない。環世界の違いは、飼育と科学技術コミュニケーションの共通原理を示している)<環世界の概念とその違いを示した図/出典:ユクスキュル『生物から見た世界』より>

本田さんは、動物との関わり方を3つに分けて説明する。

一人称的な関わりは、対象を自分と同じように感じる存在として扱う擬人化。
三人称的な関わりは、対象を切り離し、客観的に観察する科学的態度。
そして二人称的な関わりとは、対象を切り離さず、相手の世界に立とうとする姿勢だ。

鷹匠が鷹の状態を直感的に読み取るように、優れた飼育技術者は動物の「気持ち」が分かる。それは感情移入ではなく、相手の環世界を共有しようとする、身体化された理解の結果である。

この視点は、人に何かを伝えるときにも当てはまる。相手がどんな前提で世界を見ているのかを想定せずに、情報だけを伝えても理解は生まれない。相手の環世界に立つことが、知を共有するための第一歩になる。

経験から知へ——育成のプロセス

保全センターでは、人材育成もまた重要な実践の一つだ。

学生たちは、まず現場に参加し、共同体の一員として作業を共にする。マニュアルを覚える前に、身体で状況を感じ取り、経験を積み重ねる。

やがて、点だった作業がつながり、構造として見え始める。給餌、温度管理、行動の変化——それぞれの要素が相互に影響し合っていることに気づく段階だ。

その後、経験を言語化し、他者に説明し、論理として整理していく。
しかし本田さんによれば、経験から得られた知を言語化しようとしたとき、多くの人は自分がいかに無知であったかを思い知ることになるという。その絶望こそが、本当の成長の始まりなのだ。
言語化には、自分の行為を客観的に分析することと、学術的な知識を大量にインプットしながら再構成していくプロセスが不可欠である。
最終的には、論文や記録として体系化され、再現性のある知へと接続されていく。

ここで起きているのは、単なる技能習得ではない。経験知を、共有可能な知へと翻訳するプロセスである。

(まずは共同体に参加し信頼得る、そして身体で覚え、言葉にし、論理化し、概念化する——知は循環の中で育つ。本田さんが描く「飼育・科学人」への成長モデル)
マニュアルの罠と、知の生成

本田さんは、過剰なマニュアル化に警鐘を鳴らす。

マニュアルは有用だが、それだけに頼ると、状況判断ができなくなる。個体差や環境の変化に対応できず、「正しいはずの行為」が全体を悪化させることもある。言語化は必要だが、言語だけでは届かない部分がある。だからこそ、共通の経験や文脈をつくり、その上で言葉を使う。飼育の現場では、毎回の試行錯誤の中で知が再生成されていく。

飼育と研究——知を循環させる両輪

本田さんは、飼育と研究を明確に区別しつつ、相補的な関係として捉えている。

飼育は「どうやるか」を実践し、現象をつくる営み。
研究は「なぜそうなるか」を解明し、普遍的な知へと整理する営み。

飼育者が全体を見て現象をつくり、研究者が部分を掘り下げる。両者が往復することで、知は深まり、現場に還元されていく。この循環があってこそ、希少野生動物の持続的な保全が可能になる。

(三人称的な研究の視点と、二人称的な飼育の視点。異なる世界の見方を往復することで、動物理解の精度は高まる)
飼育の現場から、知のつくり方と伝え方を考える

本田直也さんの実践は、希少種保全の技術であると同時に、知がどのように生まれ、育ち、共有されていくのかを示す実践でもある。飼育はカオスであり、単純化では扱えない。
だからこそ、環境を設計し、相手の世界に立ち、経験を積み重ね、その意味を言葉にし、構造として共有する必要がある。

この姿勢は、科学技術コミュニケーションが直面してきた問いと重なる。知は完成品として伝えられるものではなく、現場での判断や試行錯誤の中で生成され続けるものだ。

本田さんの語る「飼育の全体性」とは、そうした知の生成過程を引き受ける態度にほかならない。

複雑さを削ぎ落とさず、相手の環世界に立ち、経験知を翻訳しながら他者と分かち合う。小さな命を守るために磨かれてきた飼育技術者の思考と実践は、研究と社会をつなぐあらゆる場面において、専門性とは何か、学びとは何か、そして「伝える」とは何かを静かに問いかけている。

本田 直也さん

本田ハビタットデザイン株式会社代表取締役。1976年札幌市生まれ。1996年より26年間、札幌市円山動物園にて飼育技術者として勤務し、多くの希少野生動物の飼育・繁殖・保全・施設設計に携わる。絶滅危惧種である「ヨウスコウワニ」の世界初となる屋内繁殖に成功するなど、国内初の繁殖成功時に贈られる「繁殖賞」を計9回受賞。2022年、飼育下における野生生物の保全・研究を目的とした「一般社団法人 野生生物生息域外保全センター」を全国の飼育技術者、研究者らと共に北海道恵庭市に設立、代表理事に就任。日本の動物園における飼育環境・展示デザインの向上と、飼育技術者の立場からの野生生物保全に貢献するとともに、この分野における人材の育成にも力を注ぐ。


3月7日(土)開催の2025年度CoSTEP修了記念シンポジウムでは、本田さんをゲストに迎えます。
「育てる」「観せる」という実践の最前線から、動物園がどのように設計され、運営され、社会に開かれてきたのか──その思想と現場を共有していただきます。ぜひご参加ください。

2025年度CoSTEP修了記念シンポジウム
「動物を『育てる』『観せる』『伝える』──飼育・造園・展示から考える、動物園という場」

【日  時】 2026年3月7日(土) 13:00〜15:00(開場/受付12:30)
【場  所】 北海道大学 フロンティア応用科学研究棟2F レクチャーホール(鈴木章ホール)
【定  員】 先着100名
【参加方法】 事前申し込み不要、参加費無料
【詳  細】 https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/event/35590

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2026.02.16

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