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#215 薬の行き先は脂質次第!? 狙ったところに薬を届ける佐藤さんの脂質ナノ粒子の秘密[いつかのための研究 No.7]

起こりえるかもしれない危機、あり得るかもしれないリスク、未来を今から想像するのは簡単ではありません。ただ、事が起こってから後悔はしたくない、北大では未来を見据えて走り始める「いつかのための研究」があります。この「いつかのための研究」シリーズでは、CoSTEPが北大の複数の研究組織とコラボレーションし、来るかもしれない「未来」のために、「今」から始める研究について迫ります。

体に入った薬は、その後、どこへ向かうでしょう。多くの薬は体内に入ると全身に分布し、そのうち目的の部位に届いた分だけが効果を示します。なんだかもったいないですね。しかもこうして全身に広がった薬の成分が副作用を引き起こす可能性もあります。薬の行き先を指定できたらいいと思いませんか。
薬の有効成分を、体内の狙った場所に効率よく安定に届ける——そんな研究をしている研究者がいます。
シリーズ7回目は、北海道大学 大学院薬学研究院 薬剤分子設計学研究室 准教授の佐藤 悠介さんにお話を聞きました。

薬を目的の場所に届ける技術「DDS」とは?

投与した薬は、病気の部位にだけ届くわけではないんですね。

はい。例えば、頭痛薬の例だと、頭が痛いときに、本当は頭だけに薬の成分が行ってくれればよいのですが、基本的に薬は全身に分布し、たまたま頭に届いたものが薬効を示します。

安全性の高いものや安価な薬剤では、大きな問題ではなく、身近な痛み止めとして使われています。一方、例えば、抗がん剤だと、標的のがん組織以外に届いたものが、髪が抜ける、強い下痢をする、感染症にかかりやすくなる、など重い副作用を引き起こします。

 

それを解決する技術を佐藤さんが開発しているんですね。

私はDDSを研究しています。DDSはドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System)の略で、日本語では「薬物送達技術」と訳されます。疾患に応じて、目的の組織や細胞、さらには細胞の中の細胞質、核の中など細胞小器官のレベルで、薬剤を標的の部位に届ける技術です。簡単に言うと、薬を狙った場所に選択的に届ける技術です。

理想的には、投与したすべての成分が標的の場所に届くと、必要な薬の量が減り、安全性の向上やコストの大幅な低下が期待できます。また、標的の部位に届く薬が増え、切れ味よく効く薬剤ができます。DDS研究は、それを目指している研究分野です。

ドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System)のイメージ
このDDSが、薬だけでなくワクチン開発にもつながるそうですね。

はい。私の研究では、ウイルスの遺伝情報の一部であるmRNAを用いたワクチンを脾臓に選択的に届ける技術を開発しました。脾臓に届けたワクチンによって、マウスで強い免疫反応が確認され、安全で有効なワクチンの実現が期待できることを示しました。

脾臓は体内の免疫機能を担うリンパ組織の中で、最も大きい組織です。病原体などの異物(抗原)を体内で認識し、周りの免疫細胞に知らせる抗原提示細胞が豊富な器官です。特に抗体の産生や抗原提示細胞として働くB細胞と言われる細胞が脾臓の免疫細胞の約50%を占めます。ワクチンが持つ抗原をこの抗原提示細胞に届けることが、その後の免疫獲得のカギになります。

従来の技術だとワクチンが肝臓にも多く送達(届けること)されてしまいます。肝臓にいくら抗原を届けても免疫獲得にはつながりにくいだけでなく、肝臓に毒性を示す負の側面もあります。つまり、「肝臓への毒性」と「効率的な免疫獲得」の2つの面において、抗原提示細胞が豊富に存在する脾臓にmRNAを送達することがとても重要になってきます。

コラム:mRNAワクチンのしくみ

mRNAワクチンは、接種後に体内で特定のウイルスのタンパク質の一部を作ります。これが体内で異物(抗原)として認識され、そのウイルスに対する免疫がつくられます。mRNAワクチンは新型コロナウイルス感染症のワクチンにも利用されている技術です。

脾臓に選択的にワクチンが届く秘密とは?

佐藤さんに3つの秘密をお聞きしました。
秘密1:体内で薬を運ぶ小さなシャボン玉

私は脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle: LNP)を使っています。およそ4種類の脂質から構成される直径約100 nmのナノ粒子製剤です。子どもには、「小さいシャボン玉を作ってるんだよ」と説明しています。目に見えない小さなシャボン玉の中に、大切な薬を安定して運ぶ機能や正確に目的の場所に届ける機能を持たせることができます。さらに、目的の場所への送達効率を高める細工など、機能をカスタマイズできます。カスタマイズのしかた次第で、さまざまな組織や細胞を狙うことができるので、幅広い疾患治療に応用することができます。

LNPはもともと肝臓に送達されやすい性質があり、肝臓を対象にした医薬品への応用が進んでいました。肝臓に送達するメカニズムはある程度分かっているため、この技術を肝臓以外の組織や細胞に広げていくという大きな研究の潮流があります。

小さなシャボン玉―LNPの模式図 <画像提供:佐藤さん(一部改変)>
秘密2:シャボン玉の表面をカスタマイズ

構成する脂質やその割合でさまざまなLNPを作ることができます。今回の研究では、LNPの脂質膜のDSPCという脂質の割合に着目しました。体に投与されたLNPの表面には、体内でいろんなタンパク質が吸着します。従来のLNPよりDSPCの割合を増やすことで、LNPに吸着するタンパク質が変わり、結果として肝臓ではなく、脾臓に選択的に送達されるようになりました。ワクチンが脾臓に届くことで、強い免疫反応が導かれるだけでなく、ワクチンによる肝臓の傷害が低減されることをマウスで実証しました。

佐藤さんが開発した脾臓に選択的に送達するLNP <画像提供:佐藤さん(一部改変)>

このようにLNPは、生体内でタンパク質などの生体の成分と複雑に相互作用することがわかっています。それによって、肝臓や脾臓に特異的に分布する、あるいは他の組織、さらには組織の中の特定の細胞に親和性が高いなど、そのLNP特異的な行き先が決まります。

しかし、この脂質組成のLNPならこの臓器、こっちの組成ならこの細胞など、構造でカチッと決まってくる話ではなく、いろんなメカニズムが同時に働いて、標的組織が決まってきますが、まだこのルールは一部しか解明されていません。

コラム:より詳しく知りたい方へ

もともと肝臓への移行には、アポリポタンパク質という生体内のタンパク質が関与すると言われていました。佐藤さんの研究により、肝臓に移行するLNPは、アポリポタンパク質の吸着量が非常に高いことが明らかになりました。

LNP表面に吸着するさまざまなタンパク質 <画像提供:佐藤さん(一部改変)>
LNP表面には血液中のさまざまなタンパク質が吸着します。そのうちの一つがアポリポタンパク質です。

今回、DSPCの割合を変えることで、吸着するアポリポタンパク質の割合が大きく減少し、免疫反応に関わるタンパク質の一つである補体に関連したタンパク質が比較的多く吸着することが分かりました。

DSPCの割合によるLNPに吸着するタンパク質の違い <画像提供:佐藤さん(一部改変)>

LNPへのアポリポタンパク質の吸着を防ぐことで肝臓への移行性を抑え、補体に関連するタンパク質が吸着することで、肝臓ではなく、脾臓のB細胞に送達できるようになったと考えられます。

秘密3:脂質の割合を変えた発見

LNPの研究は盛んにされていますが、新たな機能性の脂質を開発するところに重きが置かれていて、脂質の組成比を変えたときに、どう体内での送達が変化するかというところが、実はあまりやられていませんでした。脂質の組成比が影響を与えることを考えていた一方、意外と自分たちもそのルールが分かっていないところにモヤモヤしていたんです。今回の研究でその部分を体系的に評価した結果、法則が見え、最終的には、DSPC量がLNPの臓器選択性を変えるというルールにたどり着きました。

実験中の佐藤さん <提供:佐藤さん>

ワクチン以外にどんなことに応用できる技術?

私は脂質の分子基盤技術を作ることが、研究の主体になっていて、その1つの大きなアプローチとして、独自の脂質、機能性の脂質を開発することを研究の主軸に置いています。ワクチンを含め、特定の疾患を狙った研究をしているわけではなく、肝臓や脾臓に薬を選択的に送り分けるような基盤技術を作ることに重きを置いています。他の研究者や製薬企業と組むことで、実際の疾患等に応用しています。

歴史的には、遺伝子治療を目的とした研究が30~40年ぐらい前に盛んに行われ、そこからさまざまな技術や医薬品が発達してきました。LNPの中にゲノム編集因子を搭載することで、ゲノム編集治療に応用することも広がっています。先ほど紹介した脾臓選択性に関しても、必ずしもワクチンだけではなく、免疫細胞を生体内で遺伝子改変することが期待されます。

コラム:遺伝子治療とゲノム編集

遺伝子治療とは、一般的に細胞に何らかの遺伝子操作を施して治療を行うものを指し、遺伝性疾患だけでなく、がんなどさまざまな疾患に応用されています。例えば、ある特定の遺伝子が正しく機能しない遺伝性疾患の場合、正常な遺伝子を生体の細胞に導入し、その働きを補うことができます。

さらにゲノム編集は狙った遺伝子を書き換えることができる技術であり、疾患の原因となる異常な遺伝子部分を正常なものに置き換えることができれば多くの疾患の治療につながる可能性があり、ゲノム編集による遺伝子治療の研究も進められています。

遺伝子治療もゲノム編集も既に一部の難治性疾患の治療法として承認されており、今後さらに治療可能な疾患の幅が広がっていくことが期待されています。

本コラムは下記の文献と佐藤さんへのインタビューより『いいね!Hokudai』編集部が再構成。

  1. 小澤敬也「遺伝子治療の本格的幕開け―その概念・歴史・最新動向」, 『実験医学』Vol.38 (2)「いま、本格化する遺伝子治療―遺伝性疾患・がんと戦う新たな一手」, 羊土社, 2020.
  2. 永本紗也佳・鐘ヶ江裕美「ゲノム編集による遺伝子治療の現状と問題点」, 『実験医学』Vol.38 (2)「いま、本格化する遺伝子治療―遺伝性疾患・がんと戦う新たな一手」, 羊土社, 2020.

私の研究室でも、肝臓の代謝性の異常症に対して、LNPによるゲノム編集を用いた治療開発を進めています。
特定の臓器を狙うことができるだけでなく、中に入れる核酸の配列や種類を変えることで、多様な疾患に、あるいは、ある疾患に対しても、いろんな治療アプローチに応用することができます。今後、標的の細胞・組織が広がると、その幅がさらに広がっていきます。

佐藤さんの研究のビジョンを教えてください。

研究における将来のビジョンをお聞かせください。

大学の教員ですので基礎研究は継続していきたいです。先ほどお話ししたようなLNPと生体との相互作用の理解、それによる意味のある真のDDSの達成とその技術の具現化は5年、10年、あるいはそれ以上にかかる大きなテーマで、引き続き取り組んでいきたいと思っています。同時に、薬を運ぶ技術を扱っているので、実際に人に使われて、疾患の治療に応用できるところも達成すべきだと思っています。大学の先生方、企業とのコラボレーションによって、それぞれの疾患治療への応用を進めたいと思っています。

肝臓に関してはLNPを用いた医薬品ですでに承認されている例や、ゲノム編集治療で社会実装に進んでいる研究があり、ある程度解明されています。肝臓以外の組織や細胞に技術を広げていく研究が進められていますが、まだ分からない部分が多くあります。指針を発見できれば、突破口になり、一気に社会実装へ進めるのかなと思います。

開発した技術の社会実装はすごく大事にしていることですので、基礎研究と社会実装を両輪で続けていきたいと考えています。

インタビュー中の佐藤さん
参加しているIVReDとは、どんな関わりで研究をしているのでしょうか?

私はウイルスやワクチン、感染症が専門ではないんです。もともとは、脂質分子をいじるのが好きというところから研究を続けてきました。そのため自分だけでワクチンを作り上げることは当然できません。
ちょうど脾臓に選択的なLNPを開発したタイミングで、IVReDのワクチンの取り組みがあり、ワクチンの専門家もいるこのチームの中で、LNPを使ったワクチンを作り上げていけたらと思っています。

薬学を志す学生たちへ

佐藤さんが薬学に興味を持ったきっかけはありますか?

中学生のころに、アトピーで入院することが何度かあり、その経験から薬や医療に興味を持ち始め、なんとなく薬学に進みたいと思うようになりました。中学生の時だと、薬剤師になることへの具体的なイメージがあまりないので、身近にいた薬剤師が少しかっこいいなという気持ちもありながら、北大の薬学部を受験しました。大学で学ぶうちに研究が面白いなと感じました。

大学では有機化学の授業に興味を持ち、何かものを作る面白さをもともと感じていました。薬学部の研究室配属で、今所属する薬剤分子設計学研究室を選びました。名前のとおり、薬剤として新たな物質を作る、新たな機能性の薬剤を開発するところに興味を持ちました。研究室の紹介のときに初めて聞いたDDSの「狙ったところに届ける」という概念に衝撃を受け、「面白いし、広がりがあるんじゃないか?」と思い、この研究室を選びました。

最後に、薬学を志す学生たちに、先生の分野の魅力を教えてください。

薬学は有効成分の開発が非常に重要である一方で、薬が安定して製造・保管できること、飲める形や注射できる形にすること、体の中に入ったあとに、目的の場所に効率的に届いて作用すること、これらもすべて、薬学の範疇です。そして製造から、投与され体内で作用するところまで、すべて網羅しているのが「薬剤学」です。

薬剤学は薬の幅広いプロセスを多角的に考えて、具体的な製剤に落とし込むところがとても創造的です。特にここ十数年で、製剤の数は爆発的に増えています。脂質粒子を含めた新しい製剤が、まさにどんどん発展しており、薬学の中でも、役割の重要性が増している最先端分野です。

学生にDDSの研究を指導する佐藤さん <提供:佐藤さん>
編集後記

肝臓の薬なんだから、肝臓に届くのは当たり前。ワクチンなんだから免疫を担当する細胞に届くのは当たり前。ついそう思ってしまいますが、今回のインタビューを通じて、佐藤さんのDDS研究をはじめ、いろんな科学技術が集結してはじめて、一つの医薬品になっているということがわかりました。
本記事では、LNPの脂質の割合を変えることで、ワクチンを脾臓に届けることを可能にする技術をご紹介しました。
狙ったところに薬を導く佐藤さんのDDS研究が、将来、起こりえるかもしれない新たな危機にも、私たちをよりよい未来へ導いてくれることと思います。
佐藤さん、お忙しい中、ありがとうございました!

これまでの「いつかのための研究」シリーズはこちら

  1. [いつかのための研究 No.1]次のパンデミックを見据えて-北大のワクチン開発・感染症対策-(2024年10月24日)
  2. [いつかのための研究 No.2]ワクチンを支える免疫のしくみ(2024年12月24日)
  3. [いつかのための研究 No.3]人も動物も救うワクチンを目指して~ワクチン研究に込めた田畑さんの思い(2025年3月30日)
  4. [いつかのための研究 No.4]世界中に広がるウイルスにデータ解析で立ち向かう ~ガブリエルさんが見せる「リベロ」的な研究者像 (2025年4月2日)
  5. [いつかのための研究No.5]鼻からシュッ!?未来のワクチンは注射いらず ~齊藤さんが拓く経鼻ワクチン研究(2025年8月30日)
  6. [いつかのための研究No.6]既存のワクチンに疑問を投げかけ、新たなアプローチで挑む大野さんの挑戦(2025年10月27日)

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2025.12.19

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