「北大が所蔵する膨大な「モノ」「コト」「ヒト」を映像で残そう」……博物館映像学の第一人者、藤田良治さん(北海道大学総合博物館 助教)は、最近、水産学部練習船「おしょろ丸」の代替わりに立ち会い、そのすべての記録を映像で残すことに力を注ぎました。こういった映像記録をどのように活用していくか、研究・教育・収集・保存・展示・広報といった多方面からの視点でお話いただきました。萌芽的な研究分野「博物館映像学」。
博物館にはたくさんの所蔵物がありますね
北大総合博物館には、膨大な資料・標本が展示、保管されています。その数は、300万点にものぼるといいます。標本というと、古生物化石や岩石・鉱物、昆虫、植物、動物骨格といったものを思い浮かべますよね。それだけではありません。博物館にあるこうした標本のほかにも、北海道大学のあちこちに後世に残すべき「モノ」「コト」「ヒト」に関する貴重な学術資料が数多くあったはずです。その当時は技術がなかったため、残そうにも残せず失われたものも多かったと思います。
私は、最新の映像技術を用いて、かつては残しておくことができなかった「モノ」「コト」「ヒト」についての資料を保存・活用するにはどうしたらいいのか研究しています。
たとえば、どんなものをどんなふうに?
昨年、大きな話題になった恐竜化石の発掘調査過程も映像に残しています。4年前から小林快次さん(総合博物館 准教授)と共同して、むかわ町穂別地区での発掘調査の一部始終を撮影しています。日本で初めて恐竜の全身骨格が確認された調査で、学術的に評価が高く、世界的な恐竜研究者だけでなく一般の方からも関心が寄せられています。記録された映像を見て、発掘現場の経験を共有してもらえるといいですね。その他では、研究林シリーズがあります。北大には7つの研究林がありますが、そのうち、雨龍研究林、和歌山研究林、苫小牧研究林の実態を映像におさめました。これも、なかなか関係者以外は見ることができない貴重な映像が記録されています。
2011年の夏季企画展示「LEPIDOPTERA(レピドプテラ)空を舞う昆虫たち、チョウとガの世界」では、蝶が幼虫から育って羽化するまでの過程をおさめた映像を上映しました。展示映像は、夏休みの小学生にとても楽しんでもらえたようです。そうそう、ノーベル化学賞を受賞した鈴木章名誉教授の研究を紹介する展示映像は、現在も総合博物館の1階で視聴できます。ぜひご覧ください。
「映像で記録する」という方法を使えば、そのままでは保存できないスケールの大きな資料、研究・教育活動、あるいは生きものの観察状況などをそのままに記録できます。記録された映像を標本として残し、学術映像標本として活用することで、展示や教育、研究にも活かすことができます。
蝶が幼虫から育って羽化するまでの過程をおさめた映像
練習船「おしょろ丸」に出会われたのは?
2011年の春、函館に出張したとき、港に水産学部が所有する練習船おしょろ丸Ⅳ世が停泊していて、たまたま乗船する機会に恵まれました。おしょろ丸は、1909年(明治42年)の初代(当時は「忍路丸」)から代々その名を受け継いでいる練習船です。この船が洋上でおこなう実習教育や調査研究は、まさに北大の実学の精神を体現しています。
2014年に、このおしょろ丸が4代目から5代目に代替わりすると聞いたとき、建造以来30年にわたって教育と研究を支えてきたおしょろ丸Ⅳ世の雄姿、船内での教育・研究の営みを写真や映像での記録として残したい、そして北大の遺産として広く伝えたいと強く思いました。これが、総合博物館での企画展示の出発点となったのです。
航海そのものが資料収集の現場だったのでしょうか
2011年の出会いから2014年夏のおしょろ丸Ⅴ世の竣工までの間に、おしょろ丸Ⅳ世の長期航海に3回乗船しました。北太平洋・北極海への60日北洋航海に2回、太平洋・父島周辺海域航海に1回です。企画展示の材料を集めるために、航海でのいろいろな実態の他に、船員や研究者、学生へのインタビューも写真や映像に記録しました。
こういった記録をのちのち多方面で活用し、現場の様子を立体的に表現するには、一方向から撮っただけでは全く不十分。さまざまなアングルから見て全体がわかるように、もらさず「画」を押さえておかなくてはいけない。アシスタントなしの私ひとりきりでの撮影ですから、大切なシーンを逃さない苦労は大変でした。三脚を付けたカメラをいつも構えていました。
アメリカ合衆国アラスカ州ダッチハーバーの丘から撮影
いつもと違うチャレンジもあったのでは?
今回は、船という「モノ」だけでなく、乗組員の仕事、洋上での学び、調査研究そのものを映像記録におさめることをミッションに掲げました。つまり、「モノ」「コト」「ヒト」を一体として映像保存することにこだわったわけです。
チャレンジしたのは、学生の立ち入りが制限された危険な場所からの撮影。たとえば北極海でパイロットボート(現地のパイロット=水先案内人が、本船に移乗するときに使用する船)に乗船して、航行シーンを撮影しました。万が一、寒い北の海でボートから転落したら命を落とすのは必定。おしょろ丸を船外から撮影することは危険と隣り合わせだったため、撮影は当日の天候条件などに左右されました。ダッチハーバーを出港するシーンを撮影する時には、パイロットボートを所有する米国とも交渉し、高木省吾船長が安全性を第一に行動することを条件に許可を出してくれました。また、船内での撮影でも、星直樹二等航海士が「藤田さんならば」と信頼してくれたからこそ、危険を伴うような場所での撮影が可能になったのです。
ダッチハーバーからの出港シーン動画は、こちらから
パイロットボートから北極海に浮かぶおしょろ丸Ⅳ世を撮影
パイロットボートから撮影する藤田さん
企画展示「学船 洋上のキャンパスおしょろ丸」は函館からのスタートでしたね
およそ2年間の準備期間を経て、2014年5月20日に「学船 洋上のキャンパスおしょろ丸」の初日を迎えることができました。水産学部のある函館で1か月開催した後、同年7月から11月まで札幌キャンパスの総合博物館でも開催しました。
函館キャンパスにある総合博物館分館水産科学館での展示
会場には、おしょろ丸に関して実際に使われた船籍港板、測距儀、作業日誌、報告書や初代からIV世までの模型などを展示したほか、2014年3月に岡山県玉野市の三井造船玉野事業所で行われたおしょろ丸Ⅴ世の命名・進水式の展示映像も「造船」として放映しました。さらに、北洋航海、太平洋・父島周辺海域航海で撮影した映像は、「仕事」「教育」「研究」と3つのテーマに編集し、展示しました。
総合博物館のオープニングセレモニーで展示解説する藤田さん(左奥)
おしょろ丸展は海をも渡りましたね
企画展示は11月3日で終了したのですが、海を渡った小笠原村・父島で12月14日(日)に1日限り、正確には2時間30分だけの「学船 おしょろ丸展」を開催しました。
おしょろ丸が寄港した小笠原村・父島二見港での企画展示
この日訪れた人数は、人口の5%にあたるおよそ100名。当初は広報の手段もなく、来場者が少ないのではないかと心配していましたが、防災無線を使って広報できたため、思いがけなく多くの方々が足を運んでくれました。村役場の方が開催3日前から朝と夕方の2回ずつ、防災無線を使って「北海道大学がやってきた、学船 洋上のキャンパスおしょろ丸が開催されます」とアナウンスしてくれました。うれしかったですね。
こうした現地の方々の協力のおかげもあって、函館から出発した巡回展示が札幌を経て小笠原まで行き、北大の研究・教育を知ってもらう機会を提供することができました。
藤田さんの撮影した映像は、総合博物館のエントランスホールで見ることができます
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藤田さんの出演するサイエンス・カフェが開催されます。興味のある方は是非ご参加ください。
第80回サイエンス・カフェ札幌
「書を捨てよ 海へ出よう ~洋上のキャンパス“おしょろ丸”とともに~」
日 時 :2015年1月25日(日)16:00〜17:30 (開場15:30)
場 所 :紀伊國屋書店札幌本店1階インナーガーデン
ゲスト :星直樹さん (北海道大学水産学部 助教 練習船おしょろ丸二等航海士)
藤田良治さん(北海道大学総合博物館 助教)
聞き手 :出村沙代 (CoSTEP)
参加費 :無料。当日は暖かい恰好をして会場にお越しください。
詳 細 :こちらをご覧ください。