太陽系最大の惑星である木星。その周囲を回る衛星の数も、地球とはスケールが違います。地球には月ひとつしかありませんが、木星には月とほぼ同じ大きさのものだけで、4つもあります。
このほどその衛星が、太陽の光が直接当たっていないはずの木星の真裏に入っていても、光っている現象が撮影されました。思いがけず得られたこの発見は、木星の大気について知る上で、とても興味深いものだといいます。どういうことなのでしょう? 倉本圭さん(理学研究院 教授)にうかがいました。
【神田あかり・CoSTEP本科生/理学院修士1年】
予想外の明るさに驚く
木星の影に入った衛星が、なぜ光っているのか? この謎に倉本さんが関わるきっかけは、この現象を撮影した津村耕司さん(東北大学 助教)から相談を受けたことでした。津村さんは、銀河系外にある遠くの星々からくる光を観測しようと、影に入って暗くなっているはずの衛星に望遠鏡を向けていました。観察した木星の衛星が明るかったことは、当初の目的からすれば残念な結果でしたが、見方を変えれば予想できなかった新現象でした。
(今回撮影された木星の衛星。太陽光を直接浴びている時の100万分の1の明るさで光っています)<©国立天文台/JAXA/東北大学>
早速この原因を探るため、惑星科学の専門家に協力を依頼しました。その中でも倉本さんは、木星の衛星の中でも大きなガニメデ、カリストや、木星の大気についてのプロフェッショナル。まさに相談相手として頼もしい存在だったのです。
(木星の奥に見えるのが衛星ガニメデ。直接太陽の光を浴びている状態なら、地上からでも双眼鏡で確認できるほど明るい星です)<©NASA, ESA, and E. Karkoschka (University of Arizona)>
衛星が光る原因としては、衛星そのものが光っている可能性や、木星の裏側が発光してそれを衛星が反射している可能性などが考えられました。「今回の研究では、複数の衛星の明るさの違いや、観察した光の波長などをもとに、これらの仮説を一つ一つ、理論的に検証していきました。その結果、どうやら木星の大気で散乱した太陽光が衛星に届いているらしい、ということが分かりました」
(木星表面の大気の粒子で太陽光が散乱を繰り返し、影の中にある衛星に届いています)
散乱とは、光が物質に一度吸収され、四方八方に放出される現象です。木星は直径で地球の11倍という大きな星ですから、太陽光が散乱によって裏まで回り込んでいることは、この分野の研究者にとっても驚きです。もしこの仮説が正しければ、衛星の光を観察することで、木星の大気を散乱しながら通過した光をピンポイントで知ることができるようになります。光は大気を通過するとき、ぶつかった物質の種類によってその性質を変化させます。そのため衛星まで届いた光を観察することで、木星大気がどんな物質をどんな割合で含んでいるのか、より詳細に調べられると期待されているのです。
観測が理論を強くする。理論が観測を強くする
今回の研究で活躍している理論は、数式を駆使して、物質の動きや性質を推測する分野です。倉本さんは大学の授業ではじめて理論を学んだ時に、数式を組み立ててゆくことで太陽や地球ができる様子が表されることに感動したといいます。
「理論研究の魅力は、木星や地球内部の構造といった現在のことだけでなく、太陽系や地球がどのように形成されたのかなど、実際に観察できない状況も推測できることです。しかし同時に推測には、観測で得られたデータが必要になります。理論と観察は、どちらも欠かせない惑星研究の両輪で、どちらが欠けても惑星科学は成り立ちません。観測と理論の往復によって、惑星の姿が徐々にはっきりしてくるのです。」
今回の研究についていえば、本当に太陽光が木星の裏側まで届いているのか、確信度はまだ8割だといいます。「現在おこなっているのが、これを証明する研究です。木星大気中を散乱してきた光なら、大気が吸収してしまう光で観測したときには光らないか、光って見えてもとても弱いと予想できます。今度の研究では、木星大気が何でできているかの予測をもとに、光の波長によって衛星の見え方がどのように変わるかを推測しています。これが実際の観測結果と一致するのか、楽しみなところです」
味わい深い木星の世界
今回の研究で注目された木星の衛星は、倉本さんが大学院生の頃に取り組んだ課題でもありました。しかし現在でも、木星の大気とより深い部分のガスの関わり、大気上層にある雲が何でできているかなど、まだまだ多くの謎が残されています。
「最近は太陽系の外に木星と同じような大きなガス惑星が観測できるようになってきました。これらの惑星の観察をもとに、木星がどのように誕生したかを、より詳しく推測できるようになっています。逆に木星についての理論が、遠くの似た惑星を知るヒントとなることも増えてきそうです」
木星の研究は倉本さんの当初の予想もこえて、ますます味わい深く、おもしろくなっています。
(倉本さんが惑星研究を志すきっかけとなった1979年の写真。惑星探査機ボイジャーが木星とその衛星を鮮明にとらえています)<Courtesy NASA/JPL-Caltech>
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今回紹介した研究成果は、以下の論文にまとめられています。