セルロースといえば、紙や木綿の主な成分であり、私たち人間が古くから利用してきた身近な物質です。通常は、植物の幹や綿花などから採りますが、工学研究院准教授の田島健次さんは、微生物が作る「発酵ナノセルロース」の研究に取り組んでいます。発酵ナノセルロースを大量に生産することができれば、さまざまな用途で実用化が期待できます。今回田島さんは、大量に、安定的に作る方法を開発したのです。発酵ナノセルロースとはどんなものなのでしょうか?また、どのようにして大量生産の道を開いたのかを、田島さんに聞きました。
ナタデココは微生物が作ったセルロース
ナタデココといえば、ちょっと変わった食感で人気のあるスイーツ。実はこれ、ココナツ水に酢酸菌の一種を加えて発酵させて作ります。「ナタ」は薄い皮膜、「ココ」はココナツの意味で、ナタデココとは「ココナツからできる薄い皮膜」を意味しています。この薄い皮膜こそが、微生物が作ったセルロース「バクテリアセルロース」なのです。
バクテリアセルロースの繊維は、紙などの原料となる植物からとれるセルロース(パルプ)よりもずっと細く、その1/1000程度の太さ。直径はわずか約50~100ナノメートルほどです。こんなに細いのに、とても強く、バクテリアセルロースを乾燥したシートはアルミニウムに近い強度を持っていて、薄くしてもなかなか破れない素材です。
(ナタデココ こんなに大きいものも作ることができます。)
また、自然界で分解する性質があること、高い保水性があることに加え、乾燥させると、繊維のほか、シート状のもの、スポンジや粉末などさまざまな形状に加工ができるのも大きな特徴です。保水性が高いのに乾燥させると水に強く、濡れても破れない。生物の体と馴染みがよいため、やけど治療のための貼付薬、人工血管など医療分野でも使い道があるのです。
(いろいろな微生物を使って、バクテリアセルロースを生成中。)
(フラスコから出すと、容器の形になっていました。)
大量生産できれば、用途が広がる
実は、バクテリアセルロースはナノ繊維として以前から注目されており、さまざまな使い道があることもわかっていました。でも実際に応用が広がっていなかったことには訳があります。大量に、均一に作る方法がなかったのです。実験室で作れても、安く大量に作る方法がなければ、用途はごく限られたものにとどまってしまいますし、コストもかかるため普及させることはできません。
田島さんは、安い原料で、効率よく発酵し、安定的に大量に生産できる方法はないか? と考え、原料の選択や、製造に適した新しい微生物を探し、さらに最適な発酵方法の開発に取り組みました。
(発酵ナノセルロースはシート、繊維、スポンジ、粉末などさまざまな形に成形加工することができます。)
北海道発の素材で作った!
砂糖を作るときに出る糖蜜や、バイオディーゼル燃料を作るときに出る廃グリセリンを原料に使ってみました。これらはいずれも生産の過程で生じる副生成物で、安く入手できるのです。また、これらの原料を好んで食べる新しい微生物も探しました。微生物は自然の中から探し出すしかありません。フルーツの生産が盛んな余市に出向き、ブドウやプルーン、リンゴやナシなどからさまざまな微生物を取り出して実験を重ねました。採取した微生物は1000種類にのぼったそうですが、最終的にはプルーンから採った菌が最適だということが分かりました。これらを混ぜ、撹拌して培養するという方法によって、バクテリアセルロースの中でも特に、太さ20nm前後のごく細いセルロースが水に均一に分散した状態のものを大量に作ることに成功したのです。田島さんの研究グループでは、これを「発酵ナノセルロース」と名付けました。現在製糖会社との共同研究も進んでいて、今後更に大量に生産することができるようになれば、医薬品などの比較的高額なものだけではなく、農業や建築、そのほかさまざまな分野での利用が広がっていくことでしょう。
てん菜による砂糖生産が盛んな北海道の糖蜜と、余市で生まれたプルーンの微生物。そして北大での研究。こうして作られる「どさんこ発酵ナノセルロース」が暮らしを支える日も、そう遠くないかもしれません。