明日から3月。日差しに春の兆しを感じつつも、北海道ではまだ雪の日が続きます。今から80年とちょっと前の1936年3月、中谷宇吉郎が世界で初めて人工的に雪の結晶を作ることに成功しました。
80周年を記念し、昨年11月から「―はじめての人工雪― 誕生80年記念企画 中谷宇吉郎展」が北大総合博物館3階で開かれています。この企画展は今週日曜の3月5日まで。どのような展示なのでしょうか。ちょっとのぞいてみましょう…
【川本思心・CoSTEP/理学研究院 准教授】
部屋にはパネルや展示物が並んでいますが、ちょっと難しそう?
…すると、ふいに後ろから声をかけられました。
「中谷にご興味をお持ちのようですね… おっと失礼しました、私は過山と言います。北大の歴史を研究しているものです。よろしければご案内しましょう…」
こうして過山博士に企画展を解説してもらうことになったのです。
1936年3月14日
北大の理学部物理学教室に所属していた中谷宇吉郎は、1931年度の冬から雪の研究に取り組みます。そして1936年の1月には、常時低温研究室*を完成させ、そこで人工雪の製作実験をさらに進めます。
3月14日、助手の関戸弥太郎が、自分の着ていた防寒服の襟のウサギの毛を抜き、そこに人工的に雪の結晶を作ることに成功しました。このウサギの毛が人工雪の製作成功の鍵でした。雪の結晶は、その元となる水蒸気が集まる核が必要で、空気中では非常に小さなチリがその核となります。ウサギの毛には小さなコブがいくつもあり、そのため結晶の核がきれいに成長しやすかったのです。
中谷は関戸がつくった人工雪を早速見て喜んだと伝えられていますが、実はこの2日前にも人工雪はできていました。同じく中谷研究室の佐藤礒之介が、3月12日に、羅紗の毛を使って人工雪の製作に成功していたのです。しかし、佐藤は控えめな性格のためか、すぐに中谷に報告しませんでした。また、羅紗による実験では確実に人工雪ができなかったためめ、ウサギの毛による実験がその後の中心になったのです。
「これらのエピソードは、実際の研究というものは、様々な人々のやりとりや、新たな実験方法の考案によって進んでいく、ということをよく示していますね」と過山博士は語ってくれました。
中谷と戦時研究
「中谷といえば雪の結晶の研究で有名ですが、その他にもいろいろ研究しています。凍上、つまり土の凍結や、霧、農業研究、氷の結晶の研究などですね。ほら、ここに貴重な資料があります」
過山博士は赤い表紙の資料を指さしました。
中谷は1943年の冬から、ニセコアンヌプリ山頂に設けられた「ニセコ山頂観測所」で、航空機の着氷に関する研究に取り組みます。航空機が極寒の高空を飛ぶと、その表面に水蒸気がぶつかることで氷ができてしまい、機械の正常な動作を妨げてしまいます。航空機の着氷メカニズムの解明は、軍事的にも重要であり、海軍の研究として進められたのです。
何気なく置かれていた赤い表紙の資料は、その研究の報告書だったのです。
「1階にはその時使われた艦上戦闘機の一部も展示されてますよ。探してみてください」とさらに過山博士は耳よりな情報を教えてくれました。
伝える人として
「雪は天から送られた手紙である」という言葉や、数々の随筆を残した中谷宇吉郎。展示室には中谷の書籍も展示されています。その中には、中谷の授業を記した東晃氏のノートも展示されています。その後、東氏は中谷研究室で研究し、後に『雪と氷の科学者 中谷宇吉郎』を記しました。
戦前・戦中・戦後と、激動の時代を研究者としてしたたかに生き抜いた中谷宇吉郎。今の時代の研究者・大学はどうあるべきか…この展示は、中谷からの手紙として見ることもできるかもしれない…そんなことを思い、ふり返ると、
そこにはもう過山博士の姿はありませんでした。
– はじめての人工雪 – 誕生80年記念企画 中谷宇吉郎展
会 期: 2016年11月8日(火)~2017年3月5日(日)
場 所: 総合博物館3階 S301
入場料: 無料
詳細はこちら
※展示は終了しました
注・参考文献:
- 東晃『雪と氷の科学者 中谷宇吉郎』 北海道大学図書刊行会(1997)
- 杉山滋郎『中谷宇吉郎 人の役に立つ研究をせよ』ミネルヴァ書房(2015)
- 常時低温研究室は、現在のファカルティハウスエンレイソウのあたりにありました。現在は中谷の碑が立っています。