ナノテクノロジーを駆使し、太陽光エネルギーを余すところなく利用することに挑む三澤弘明さん(電子科学研究所 教授)に、最新の研究成果について話をうかがいました。
太陽光エネルギーの、無駄に捨てていた部分も有効に利用するとは?
地上に降り注ぐ太陽からの光には、人間の目に見える可視光だけでなく、紫外光や赤外光など、様々な波長の成分が含まれています。
ところが今日ふつうに使われているシリコン太陽電池では、原理的に、1000ナノメートル程度より短い波長の光しか利用することができません。どうがんばっても、太陽光エネルギーの約30%しか、電気エネルギーに変換できないのです。
また、光エネルギーで水を分解することについては、発見者の名前を取って「本多・藤嶋効果」と呼ばれるものがあります。半導体としての性質を持つようにした酸化チタンと白金をそれぞれ電極にして水に入れ、酸化チタンの電極に光をあてると、水が分解できるのです。でも、この現象も、波長の短い紫外光でしか起きません。
そこで世界中の研究者たちが、もっと長い波長の光も利用できるようにしようと、長年、研究開発に取り組んできました。違うタイプの半導体を組み合わせたり、長い波長の光を吸収する色素剤を組合わせたりと工夫を重ねてきましたが、仕組みが複雑になるだけに、様々な難点があります。
三澤さんの研究グループは、違うアプローチで成功したのですね
半導体としての性質を持つようにした酸化チタンの単結晶(任意の結晶軸の向きが同一の結晶)でできた板の上に、貴金属である金の、とっても小さな塊を、びっしり並べたものを使います。一つの塊は、縦・横・高さが100×200×30ナノメートルほど、塊と塊の間隔も100ナノメートル弱と、すべてが「ナノサイズ」です。ちなみに1ナノメートルは1メートルの10億分の1で、100ナノメートルでも髪の毛の太さの約1000分の1です。
(酸化チタンの基板上に、金の塊がびっしりと並んでいます。右下にある黒い横線の長さが100ナノメートルです。写真提供:三澤さん)
この「酸化チタン+金のナノ構造」を一つの電極、白金をもう一つの電極にして水の中に入れ、酸化チタン電極にいろいろな波長の光を照射してみました。すると、紫外光や可視光だけでなく、波長が1000ナノメートル程度の赤外光(近赤外光)でも電流が流れることが確認できました。光エネルギーが、電気エネルギーに変換されたのです。
(光で水を分解する装置の概念図 (三澤さん提供の図を一部簡略化))
また「酸化チタン+金のナノ構造」の電極で酸素と過酸化水素が発生し、その発生量が、観測された電流量とほぼ同じであることも確認できました。つまり、水から電子を奪い取るという反応(水の酸化)が起きていると考えられるのです。
物理学の理論の一つ、量子力学によると、光は波であると同時に、粒子としての性質も持っています。そして一つひとつの粒子がもつエネルギーは、波長が長いほど小さくなります。あの巧妙な仕組みをもつ植物でさえ、光合成反応で水から酸素を作り出すときには、波長680ナノメートルほどの光を使っています。それに対し、私たちが成功した波長1000ナノメートルの光は、もっとエネルギーが小さいのです。
エネルギーが小さすぎて使うことができなかった赤外光を有効に利用し、そのエネルギーを化学物質の形で貯えておく、あるいは電気エネルギーに転換するといった可能性が、これによって大きく開けてきました。
(手前にある青いクリップの箇所に、水を分解する装置を取り付け、光を照射します)
具体的には、どんな応用が考えられるのでしょうか
たとえば、先の方法で水から電子を奪い取ると同時に、その電子を窒素に与えることでアンモニアを製造する、という実験をしています。アンモニアは、エネルギー・キャリアとして大きな可能性を秘めているからです。
燃料電池などで水素がエネルギー源として注目され、水から水素を製造することが行なわれています。でも水素は、なかなか液化できないので可搬性が悪い。水素を入れる容器(ボンベ)が、水素のためにもろくなってしまうという問題もあります。ところが水からアンモニアにしてしまえば、アンモニアは8気圧で液体になりますから、自動車に積んで簡単に運ぶことができます。
アンモニアそのものを燃料にしてもよいでしょうし、アンモニアから水素を取りだして、その水素を燃料にするのでもいいでしょう。自動車メーカーもいま、この種の実験を盛んにやっています。
また、赤外光だけを発電に使い可視光は通過させるという、透明な太陽電池を作ることもできそうです。これだと、窓ガラスに貼って使えます。可視光を発電に使わないので発電効率はいくぶん下がるでしょうが、予備電力などには十分使えると思います。
それにしても、なぜ「金」を使うのですか
必ずしも金である必要はなく、銀でも銅でもよいのですが、金が一番安定な元素なので、具合がいいのです。1メートル四方の太陽電池を作るのに必要な金は、金額にして700円ほど。金はリサイクル可能なので、コストが大きな問題になることはないと思っています。念のため、アルミニウムでも試みていますが。
キーポイントは、「表面プラズモン共鳴」と呼ばれる物理現象を利用することです。教会のステンドグラスを作るにあたり、ガラスにナノサイズの金属粒子を混ぜることで赤や黄の色をつけるなど、昔からこの現象が利用されていました。でも、どういう仕組みで色がつくのか、理論的にわかってきたのは、20世紀も後半に入ってから。その現象をエネルギーの変換に使おうという試みが出てきたのは、つい最近のことです。
また、表面プラズモン共鳴が引き起こす「光アンテナ効果」も重要です。TVのアンテナが、飛んでくる電波を効率的にキャッチするように、金属のナノサイズの構造が光を効率的に受け取め、そのエネルギーを金属の原子に受け渡してくれるのです。
(ナノサイズ構造と、そこでの電子のふるまいを、ディスプレイ上で確認することができます)
「極微の世界」の研究なんですね
空間的なサイズが極微なだけでなく、時間的にも、数フェムト秒という「超短の世界」です。1フェムト秒は1000兆分の1秒ですから、光でさえ1万分の3ミリしか進めないという短かい時間です。
それほど小さいスケールでの現象を解明するには、それなりの装置が必要です。これ(上の写真)は、「プラズモン」によって、時間的にどのタイミングで、ナノ構造のどの部分で電子の受け渡しが起こっているかを精しく調べる装置で、同じ性能を持つものは世界に3台ほどしかありません。この年末に改良し、世界トップの性能にしようと思っています。
でも、昔 息子に言われたんですよ。「お父さん、ナノテクって言うけど、なんにも見えないじゃん」って。
(准教授の上野貢生さん(左端)は「見えないからこそ わかりたい、という面もあるんです」。中央の2人は中国からの留学生)