2018年のノーベル物理学賞は新しいレーザー技術を発明した3人の科学者に贈られました。そのうちの一人、アーサー・アシュキン氏が発明したのが、光の力を使ってミクロな粒子やナノレベルの分子をつかむ「光ピンセット」という技術です。現在、アシュキン氏の発明した「光ピンセット」は、工学や生命科学をはじめとする様々な分野への応用に向けて研究が進んでいます。笹木敬司さん(電子科学研究所 教授)は、光ピンセットの技術を活用し、ナノサイズの分子を操ることを目指し研究されています。
12月2日に開催される北海道大学CoSTEP主催の第104回サイエンス・カフェ札幌「のぞいてごらんなさい~分子をつかむ光のピンセット~」にゲストとして出演する笹木さんに、「光ピンセット」で切り拓くナノ科学研究の最新研究、そして微かな光の力に魅了された物理学者たちのロマンについて語っていただきます。
光の運動量
光はとても不思議です、と笹木さんは語ります。光は質量がなく、さらに場所によって自在に変わるためその形を定義することもできません。しかし、光はエネルギーと運動量を持っています。運動量というのは,質量(m)×速さ(v)で定義されると高校の物理学で習います。しかし質量がゼロの光が運動量を持っているのです。
光の運動量がもたらす力の一つに、光が物質に反射したり透過したりする際に生まれる光圧という力があります。この光の圧力をうまく利用すると、光を当てるだけで物質をつかみ、動かすことが可能になります。この技術が「光ピンセット」と呼ばれる技術であり、その技術を開発したのが、今年のノーベル物理学賞受賞者の一人、アシュキン氏なのです。
夏目漱石の「三四郎」にも登場した光の圧力
光の圧力の存在は理論的には古くから指摘されていましたが、実験的にその圧力の存在が確かめられたのは1900年代初頭。夏目漱石は1908年に発表した小説『三四郎』の中で、当時最新の研究であった光の圧力の実験をする野々宮という物理学者が登場させています。実は科学にも造詣が深かった漱石、彼の教え子の一人に物理学者の寺田寅彦がおり、『三四郎』に出てきたこの光の圧力の実験も寺田から教わったものでした。
野々宮は主人公の三四郎に、光の圧力の実験装置の中を「のぞいてごらんなさい」と勧めます。この力を知った三四郎は「大いに驚いた。驚くとともに光線にどんな圧力があって、その圧力がどんな役に立つんだか、まったく要領を得るに苦しんだ。」と、疑問に思うのです。
三四郎の疑問から110年、光の圧力を発展させた光ピンセットという技術は、レーザー物理学に革命をもたらしたとして高く評価されるのです。
光で分子をつかむ挑戦
光ピンセットはとても小さいものを触れずにつかむことができる画期的な技術です。アシュキン氏が初めて光ピンセットの技術に成功したのはマイクロサイズの粒子をつかむことでした。マイクロサイズはどれぐらいの大きさかというと、例えばヨーグルトに含まれる乳酸菌が1マイクロ程度と言われています。アシュキン氏は、光をレンズで集め、マイクロサイズ以下の大きさの光のスポットを作りました。この光のスポットでは、通常感知できないほど弱い光の力であっても、光の密度が高いため光の強さが増強し、マイクロサイズの物質をつかむことができます。
しかし、光の波長よりも小さく絞ることはできません。例えば、通常のレーザーで使われる光の波長は一番小さいもので400ナノメートル程度、つまりそれより小さいナノサイズの物質をつかむためには、レンズで集光する以外の方法で光を集める必要があります。ナノサイズの大きさのものには、私たちの体を構成するタンパク質やDNAなどの分子や分子が集合したナノ粒子があり、このサイズのものを自由に操れたら、医療や工学において応用の幅がひろがります。
光ピンセットの技術は、マイクロレベルの物質、もしくはとても小さい原子を操ることには成功していますが、分子やタンパク質といったナノサイズの物質を操るためにはまだまだ研究が必要です、と笹木さんは語ります。
三四郎の疑問に答えを出すために、物理学者の挑戦は続いていくのです。
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笹木さんがゲストのサイエンス・カフェ札幌の詳細はこちら
第104回サイエンス・カフェ札幌 のぞいてごらんなさい~分子をつかむ光のピンセット~
【日 時】2018年12月2日(日)14:30~16:00(開場14:00)
【場 所】紀伊國屋書店札幌本店 1階 インナーガーデン
【ゲスト】笹木敬司さん(北海道大学 電子科学研究所 教授)
【聞き手】奥本素子(北海道大学 CoSTEP 准教授)
【主 催】北海道大学高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門 (CoSTEP・コーステップ)
日本学術会議北海道地区会議
【共 催】科研費新学術領域研究「光圧ナノ物質操作」
【入場料】無料
【定 員】80名(申し込み不要)
【WEB】http://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/costep/contents/article/1879/