長い歴史と伝統に培われた北大キャンパスに佇む現代建築。工学部環境社会工学科・建築都市コースが使用する「建築都市スタジオ棟」と工学系の学科が 使用する「オープンラボ」から構成される建物です。第11回JIA(日本建築家協会)環境建築賞、日本建築士事務所協会連合会建築賞奨励賞を受賞しまし た。
全体設計のコンセプトについて、小林英嗣さん(北海道大学名誉教授)にお聞きしました。
「周辺環境との調和を図りながら旧建築工学科の伝統を受けつぎ、建築を志す学生の教材となるような建物づくりが基本理念です。ご覧の通り、内部はコンクリートの打ちっ放しです。シンプルで、フレキシブルな空間だけを用意し、使用する学生たちがカスタマイズすることで成長しつづけるという、“ハンズオン”の考え方を取り入れました」
クラーク博士から受けつがれたスピリットを感じます。
「キャンパスは一つですが、専門による縦割りがあります。でも工学は、理学とも文学・社会学とも融合する分野です。建築工学を学ぶ学生には、広い視野を持って勉学に取り組んでほしい。そして建築を学ぶ学生たちの営みを、この場所で行燈のように照らしたいと考えました」
24時間開放されているこのスタジオは、日が暮れると一層明るく存在感を示し、キャンパスを行き交う学生たちを照らしつづけます。
メインストリートに面し宙に浮くように突き出た全面ガラス張りの部分、つまりピロティ構造の2階に、教養課程から進級してきた2年生のための製図室があります。エントランスのある母屋の2階から専用のポーチ(空中廊下)を通って入室します。ドアは一枚の厚い鉄板でできていて、存在感のある重厚なつくりです。
「一つの材料に一つの役割を与えるのが基本です。ハンドルは札幌駅の“前の前の前の”駅舎に使われていた構造材を再利用しているんですよ」
「中はご覧の通りガラスで囲まれただけの空間です。だからこそ日の出から日の入りまでの一日のサイクル、雪解けから新緑、夏の盛りから秋の紅葉、そしてキャンパスが真っ白に覆われる冬に至るまで、季節の移ろいを365日、全方向から体感できるスペースなのです。自然環境という条件の中で人間が生活してゆくための建築、そういう基本的な感覚を若い時期にしっかりと植え付けてほしいと考えました」
製図板が狭い間隔で並んでいるこの部屋で、学生たちがル・コルビジェの1920年代の作品を図面に落とし、模型で再現する作業をしていました。ガラス越しに眺める開放感のある景色と比べ、窮屈さを感じます。
「確かにちょっと狭いのですが、それでいいのです。設計という作業は個人でするものではありません。隣の仲間と相談したり刺激を受けたりすることで、アイディアは成長してゆくのですから」
「北大のように製図板で図面を描かせる大学は少なくなってきました。学年があがればCAD(コンピュータによる設計支援ツール)も使いますが、基礎を学ぶ時期は手を動かしながらの試行錯誤のプロセスを大切にしています。学生が引いた線を見れば、彼らの自信も迷いも伝わってきます」
最新の技術から生まれた空間と、旧来の設計手法を使ったきめ細かい指導。建築を学ぶための、恵まれた環境が用意されていました。