北大で、次世代のエネルギー問題を解決するカギとなる材料の開発が進んでいる、そんな噂を聞きつけて、その材料を研究している能村貴宏さん(工学研究院 准教授)にインタビュー。能村さんの着目するエネルギーは熱。熱が次世代エネルギーになるって一体どういうこと?
【奥本素子・CoSTEP准教授】
次世代エネルギー材料の研究が北大で進行中と聞いたのですが、いったいどんな研究なんですか。
簡単に言うと熱をためてエネルギーとして使うための材料を研究しています。蓄熱材というのですが、蓄熱材と聞いて何かイメージするものありますか?
何だろう…家を建てるときに壁に入れる発泡スチロールみたいなもの、とか?
それは断熱材です。蓄熱材は、熱を利用したり、保管したりできる材料です。
例えば、ハンバーグを食べに行ったときに、自分で好みの焼き加減が調整できるように熱い石が付いてくることありませんか?あれは高温の熱を石にためているので蓄熱材と言えます。そして実は水も蓄熱材なんです。オール電化の家では、夜間の電力をお湯にためて、その熱を日中に使うことで、蓄熱材として利用されています。
へー、蓄熱材って意外に身近ですね。でも熱い石の話を聞いていたら、結構原始的なシステムに聞こえます。いったい、どこに研究の種があるんでしょう?
実は蓄熱の状態には二つあって、一つは顕熱(けんねつ)、つまりエネルギーを加えれば加えるほど温度が上昇する状態です。例えば、水も熱を加えれば加えるほど温度が上がりますよね。
ただ、水も一旦沸騰してしまうと、液体から気体になる途中の温度が一定で変わらない状態が続きます。その状態を潜熱(せんねつ)といいます。潜熱の状態だと一定の温度で、たくさんの熱をためることができます。
材料によって、潜熱の温度が違うので、材料を変えるといろいろな幅の温度をためることができます。この潜熱状態の物質を利用して蓄熱することを潜熱蓄熱材、PCM(Phase Change Material)といいます。
物質の状態が変化するままを閉じ込めるって難しそう。
そうなんですよ。潜熱状態は熱を閉じ込めるのには向いているのですが、状態が変化すると体積が増えたり、他の物質と反応するため不安定です。その物質をどれだけ安全に、そして安定的な状態にしておけるかが材料開発のポイントになります。
これを可能にしたのが、北大チームが開発したh-MEPCMです。hは北大の頭文字です。そしてPCMは先ほどお伝えした潜熱蓄熱材。MEはマイクロエンカプセルの略で、30マイクロのカプセルの中に閉じ込めたという意味です。この砂みたいなものがh-MEPCMです。インスタ映えはしないかもしれないけど(笑)。
これはどんな材料で作られるんですか?
酸化したアルミニウムであるアルミナで作られています。アルミナはとても安定した物質で、地球上に多く存在します。外側はアルミナ、中はアルミニウムとシリコンの合金でできています。アルミニウムだと水よりも数倍熱をためることができます。そして660℃ほどの高温をためることができるんです。
しかもバインダーと呼ばれる粘度のある材料を混ぜると、粘土のようにいろんな形の材料を作ることができるんです。
確かに、アルミホイルって保温で使うときありますもんね。身近な材料でできているんですね。でも、わざわざ熱を閉じ込めなくても、電気をためておける電池があるのでは?
これまで熱のエネルギーはうまく使えていなかったんです。電気や光などもあらゆるものが熱になります。なので、いらなくなった熱をためておき、電気に変えてあげるということができれば、エネルギーの幅が広がります。
また電気だとあまりためることができません。それに比べ、この蓄熱システムだと安定的にエネルギーをためることができるんです。
そしてバッテリーだと熱暴走が起きることがあるんですが、蓄熱材だとその部分の心配もありません。何より既存の電池より丈夫で安い!と考えられています。
なるほど。これまで使われていなかった熱をうまくエネルギーに変えてあげられるかもしれないんですね。
熱をたくさん出している場所はCO2もたくさん出しています。例えば製鉄所は日本の一次エネルギーの10%を使っているんですが、その約半分の5%は排熱されるだけで使われていないんですよ。工場では、生成過程で使う温度が違います。例えば800℃の温度は一つの工程にしか使えない。違う工程に熱を利用する際には、今は水蒸気で運ぶようにしているのですが、水蒸気の温度は約180℃なので高温の熱を水蒸気の温度に下げる際にロスしてしまうんです。なので、高温で熱をためられる蓄熱材があればそのロスがより少ないと考えられます。
また、最近ですと再生可能エネルギーで太陽熱発電というシステムがあったり、風力発電でもそこから出る熱をうまく利用できないかという研究も進んでいます。熱をエネルギーとして使いたい場合、この研究が応用できると思います。
もともと能村さんはエネルギー問題に興味があったんですか?
最初は宇宙の研究がしたかったんですが、大学を進むにつれ、もっと地球のことをやりたいなと思い始めました。選んだ研究室の秋山友宏教授が材料科学だけでなく、機械工学や化学工学といった幅広い分野にまたがって研究されていました。そのため、材料工学の研究室にいながら、最初は化学工学をやっていました。そこで出会ったのがこの蓄熱材です。
材料を研究しても使われなかったら意味がないので、この材料の使われ方のアイデアも含めて提案していく必要があります。マイクロカプセルに材料を閉じ込めるという作り方も今までなかったため、その安全性やふるまいも研究しないといけません。
材料の開発から応用まで研究していくって大変そう。
応用開発についての研究をしていると、応用の場面からたくさんの課題が出てきます。応用で出てきた課題を解決するには、また学問が必要です。なので基礎研究の種が応用研究からどんどん出てくる、応用と基礎が重なる部分が一番面白いと考えています。
この研究は産業界も注目されているのですか?
いくつかの共同研究が進みつつあります。この材料が実装化にあたりステークホルダーを想定すると、まずマイクロカプセルを製造する材料メーカー、そしてその材料から部品を作るセラミック加工メーカー、そしてその部品からシステムをくみ上げるメーカーとの共同が必要になります。その先にこの材料を使って製品を作るユーザー企業がいます。ユーザー企業と直接協力して使い方を一つに絞るよりも、上流工程の材料加工メーカーと組み、いろんな使い方をしてもらえるような産学連携のあり方を考えています。
熱エネルギーは他のエネルギーに比べて、まだ目立たない存在です。先日、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託事業に採択されて、共同研究が本格的に始まることとなりました。もう自分から旗を振って、熱エネルギーの実装化のモデルを作っていこうと思っています。
自分の作った材料が社会に使われるところまでに立ち会うなんてわくわくしますね!一方、能村さんの研究は、まだ開発段階のこの技術が社会にどう使われるのかを考える新たな目標検討のためのビジョン策定(ミレニア・プログラム)にも採択されていますよね。まだ実装化されていない技術がもたらす未来について考えるってどういうことなのでしょうか?
ムーンショットというのは、JSTの助成する大型研究開発事業ですが、ミレニアム・プログラムは2050年の社会像から技術を考える調査研究プロジェクトです。僕たちの研究はエネルギーの研究ですが、h-MEPCMが導入されたとして、エネルギーの不自由から自由になる社会ってどういう社会なのかなって考えることかな、と考えています。
今あるエネルギーの限界から自由になった時、エネルギーだけでなく、もっと他の限界からも自由になるんじゃないかなと思っています。じゃあその限界って何だろう、ということを、自分だけでなく違う分野の研究者や企業、市民の方みんなと考え始めています。