数式と論理を操り、見ることはできない世界で思考を飛翔させる数学者。学術の世界でも数学は特に際立った存在かもしれません。
荒井迅さん(理学研究院数学部門 准教授)のお部屋にお邪魔すると、ロックな風貌の荒井さんと、統一感のあるおしゃれな部屋が迎えてくれました。
【川本思心・CoSTEP/理学研究院 准教授】
立派なスピーカーですね
ロックバンドをやっているので、そこそこ良いものを置いています。もちろんパソコンは研究で使っていますよ(笑)。数学というと黒板というイメージかもしれませんが、計算にはコンピューターも使います。数学科には計算のための大きなサーバー室もあり、一日中計算をさせたりしています。
どのような研究をしているのですか
私が研究しているのは力学系と言われる分野です。力学というと物理だと誤解されやすいのですが、ちょっと違います。力学系とは、時間によって変化するものを指します。例えば、経済活動や政治動向による株価の変動や、生態系における生物の個体数変化なども力学系ですね。
最近は航空機の翼などにできる渦の数学的な解析もしています。航空機を作るための流体力学はまだ現実まで届いていないのが現状です。数学的に計算しても、実際に測定した値とずれが生じてしまうのです。
この問題に対してカオス理論からアプローチしています。カオスとは、初めのごく小さな変化が将来の状態に大きく影響し、予測が不可能になることです。渦と翼の構造の関係性がわかれば、設計では何が一番重要なのかが分かってきます。これまで渦は邪魔者と考えられてきましたが、渦の性質を理解してうまく利用することで、より効率的な翼ができると私たちは考えています。
数学は応用に大きな力を発揮するのですね
そうですね。私も渦を分類する数式をつくったりしています。これは、メーカー企業が使う製品開発用のソフトウェアをつくる上で基礎となることを目指すものです。
ただ、私の元々の専門は応用とは関係のない純粋数学です。応用数学の共同研究プロジェクトに参加しているうちに、応用もやるようになりました。
数学って閉じやすい学問なんです。抽象的な世界をつくり、そこで論理で議論を進めていき、充足していく。物理には現実の現象がありますが、数学は自分の世界、自分のゲームをつくることができるのです。でも、本来の目的がどんどん失われて自己目的化していってしまうこともあります。
一方、応用数学には拡がりがあります。もちろん、どちらがよいというわけではありません。時代の流れもあって、純粋数学と応用数学の波が交互に来ますね。今は若干応用数学の波が来ているように思います。
数学にはカオス、ネットワーク、トポロジーなど様々な手法もあります。個々の研究者にはそれぞれの専門の手法はありますが、問題解決のために様々な手法を取り入れないと純粋数学にしろ応用数学にしろ研究はうまくいきません。
使える手法の見極めが腕の見せ所でしょうか
天才的な人はすぐ見極められるのかもしれませんが、私の場合はしらみつぶしです(笑)。100個やってみて1つ当たればよいかな、というところですね。
私の専門はネットワークではありませんが、渦の解析でその手法を使えないかと取り組んでいます。過去にもセンサー間の位置情報を推定する方法として、ネットワークとトポロジーという手法を使っていました。
違う手法だけれども、同じことをやっていたという場合も時々あります。数学の面白さですね。最近では、あるカオスの定理にabc予想という素数についての有名な予想が繋がることに気がついて驚きました。abc予想が成立するとカオスの理解に役立ちそうなのです。abc予想については専門外だったので、早速論文を読んでみましたが、しばらくはさっぽり分かりませんでした(笑)。
数学者というと天才で変人というイメージがあります
実際はいろいろですね。…変わり者は多いかもしれません。日常会話が厳しい人もいます(笑)。
共通点があるとすれば、数学者は様々なものに共通する構造を抽象化する目を持っているということでしょうか。現実の物理世界は3次元、あるいは時間を加えた4次元ですが、数学には100次元でも何でもあります。数学は無限を扱う学問です。この数学的現象の世界は物理的には存在しませんが、数学者にとっては実態として存在するのです。
私自身は…数学が好きなんでしょうね。長いことを数学をやっているので数学的に物事を考えることが当たり前になっています。いつアイディアが出てくるかわかりません。ボーっとしている時に出てくることもあるので、メモ帳をあちこちに置いてます。
ひらめきはあるのかとよく聞かれますが、多かれ少なかれ人間の頭にはひらめく力があると思います。自分では意識していない時に知識や考えがつながっていき、最後につながった瞬間に「ひらめき」を感じるのかもしれません。もっとも、そうなるためにはしつこく考え続ける必要があると思います。その意味で、数学者にはねちっこい人が多いかもしれませんね。
どのように数式を解いているのでしょうか
研究者や学生とディスカッションするときは黒板を使いますが、1人で考えるときは頭の中でやるのが大半です。ノートも使います。ノートは書いて捨てて書いて捨てて書いて捨てて…大体間違いですね。うまくいった時だけスキャンして残しています。
部屋で考えているとやはり煮詰まります。歩いている時にはよい解法を思いつきます。その点で北大のキャンパスは広くていいですね。特に真冬の深夜2時3時は静謐な雰囲気に満ちていて好きです。普段は私はにぎやかな人間なんですけど(笑)。
北大は数学研究の場としてどうでしょうか
私は京都大学から北大へ来たのですが、北海道は涼しくていいですね。数学に向いているかもしれません。こちら着任してすぐの時、「ジンパやるので来てください」と言われて「ジンパ?荒井迅歓迎のパーティだからジンパかな?」なんて思いましたね。ジンパ(※ジンギスカンパーティー)のことを知らなかったので。
キャンパスも学生も北海道大学は朗らかです。ちょっと朗らか過ぎるかもしれません。数学は書くものさえあればできるので安いんです。でも、うまくいけば世界が変えられます。学生にはもうすこしアンビシャスになってほしいと思っています。クラーク先生も怒ってるかもしれませんよ(笑)。
荒井さんもお話するイベントが開催されます。興味のある方は是非ご参加ください。
第10回JST数学キャラバン
拡がりゆく数学in北海道~数学はどんな形で社会に役立つか~
日時 :2014年8月9日(土)13:00~18:00(受付開始12:20)
場所 :北海道大学 学術交流会館(第1会議室)
JR札幌駅徒歩10分(正門から入ってすぐ左)
参加費:無料・当日参加可
詳細・受付 :http://www-mmc.es.hokudai.ac.jp/sympo2014/