ハツカネズミのイメージは「白い体色に赤い目」ではないでしょうか?白いハツカネズミはアルビノという、色素を持たない変異種です。野生のハツカネズミは、目は黒く、背中側の毛も薄い茶色をしています。ハツカネズミと人との付き合いはとても古く、米などの穀物の栽培とともに全世界に分布を広げ、日本でも全国各地で生息しています。ハツカネズミはどのように広がっていったのでしょう?日本列島を含むユーラシア産ハツカネズミの遺伝的多様性の調査により、どのように人類とともに移動してきたかに迫る北海道大学の研究1)をご紹介します。
日本産ハツカネズミのルーツ
ハツカネズミは南アジア周辺に生息していた野生の集団が起源となっており、主要な三つの亜種が存在すると考えられています。野生のハツカネズミはその後、アフリカからやってきた人類とともに生息域を広げ、特に 1 万年ほど前から始まる農耕の発展以降、爆発的に世界中に拡散しました。
遺伝子塩基配列の解析により、ユーラシア産のハツカネズミは、異なる時代に一斉放散を3回していることがわかりました。一斉放散は、氷期の最盛期に影響を受けて個体数を減らし、急激な温暖化に伴い個体数が増えるという事象です。ハツカネズミの3回の一斉放散のうち、2回目は約4000年前に中国南部の珠江沿岸域、日本列島及び南サハリンで、3回目は約2000年前に朝鮮半島と日本列島で起きていることがわかっています。縄文後期(約4500~3300年前)に中国南部から、弥生期の始まり頃に朝鮮半島からそれぞれ日本列島に移入したことが示されています2)3)。
今回、情報科学研究院の長田さんたちの研究グループは、野生ハツカネズミ 98 個体の全ゲノム配列を決定し、ユーラシア大陸で三つの亜種がどのように分布しているのか、また、過去にどのように移動してきたかを明らかにしました。
野生ハツカネズミの全ゲノム配列を決定
ゲノム解析の結果から、これまで考えられてきたように、ユーラシアの野生ハツカネズミは主として三つの亜種がもつ遺伝的特徴から構成されていることが示されました。ただし、ネパールには独特な遺伝的特徴をもっている個体がいることもわかりました。また、これまで考えられてきたよりも広い範囲で異なった亜種の遺伝的特徴を両方もった交雑個体がいることも解明されました。日本に生息する野生ハツカネズミはモロシヌスとも呼ばれ、二つの亜種間の交雑由来であるということが知られていましたが、それだけではなく、中国大陸のほとんどの個体も交雑由来であることがわかりました。
全ゲノム配列を用いることにより、三つの亜種がおよそ 20 万年前ごろに分かれたことや、朝鮮半島のハツカネズミが 2000~4000 年ほど前に集団数の減少を伴って定着し、その後日本列島にやってきたなど、ハツカネズミがどのように亜種に分かれ、その後どのように人類とともに移動してきたのかがわかりました。
人類の歴史の解明や基礎医学研究への貢献に期待
ハツカネズミは日本では江戸時代にペットとして飼われていた身近な動物です。それがヨーロッパへ渡り、ヨーロッパの系統との雑種ができ、そしてその雑種がアメリカに渡り、実験動物化された歴史があります。その一方、ハツカネズミがどのような遺伝的多様性をもっているのかについては多くの謎がありました。今回解読されたゲノム配列は世界中の研究者に公開されており、今後のハツカネズミ研究にとって非常に重要な研究資源となります。ハツカネズミは容易に飼育できるために、ゲノムデータから得られた知見を実験によって直接確認できます。
ハツカネズミは分布拡大が人類の活動に強く依存しています。特に穀類が好物ということで、稲や麦などの農耕史との強い関連性も示唆されており、農耕の発展以降、人類がどのようにユーラシア大陸を移動したのかという疑問に答えるのに役立つだけでなく、医学研究で用いられる実験動物がどのような遺伝的変異をもっているか明らかにすることで、実験結果の解釈や再現性に貢献することが期待されています。
【古澤 正三・北海道大学CoSTEP】
参考文献:
- 北海道大学2022:プレスリリース「ユーラシアにおけるハツカネズミの遺伝的多様性を解明~人類の歴史の解明や基礎医学研究への貢献に期待~」(2022年6月1日)。
- 北海道大学2017:プレスリリース「日本産ハツカネズミのルーツをはじめて特定~日本人の起源を考える上で重要な発見~」(2017年8月14日)。
- 鈴木 仁. 2016. 日本産小型哺乳類の自然史学への誘い. 哺乳類科学56(2):259-271.