季節は移ろい、札幌の街にも秋の気配が深まっていた。
北大の銀杏並木も黄金色に光り、メインストリートを歩く学生たちの襟元には、赤やブルーなど色とりどりのマフラーが巻き付けられている。
美輝は、もうそんな季節になっていたのだと思いながら、久しぶりに、キャンパスの中を一人歩いていた。
谷村志穂『海猫』初出2002(新潮社2004, p326)
黄金色、赤、ブルー。鮮やかな秋の光景が瞼に浮かびます。「物語の中の北大」第28回で紹介する場所は、今日と明日、金葉祭が開催される銀杏並木です。銀杏並木を描写している『海猫』は今年7月2日に公開した第24回でも紹介した作品ですが、季節の流れと主人公美輝の変化を感じさせてくれる文章のため、「物語の中の北大」初の同一作品で2回目の紹介といたしました。
2012年に始まった金葉祭は今年で第13回となりました。ポプラ並木とならび北大のシンボルになったとも言える銀杏の木々は1930年代後半に植えられたとされています。北大札幌キャンパスが中心的な舞台となる『海猫』下巻が描く時代は1970年代後半のため、銀杏並木ができてから40年ほどたった頃ということになります。現在はそれからさらに50年たっています。美輝が見た銀杏より現在はさらに立派になっているでしょう。そのせいもあってか近年は国内だけではなく海外からも多くの観光客が訪れています。もはやギンナンを拾う人より、写真を撮る人が多いかもしれません。
さてもう1点、今回の引用で注目したい記述があります。それは「メインストリート」です。札幌キャンパスを南北1.2kmにわたって貫くこの道は、現在の学生・教職員からも同様に「メインストリート」あるいは略して「メンスト」などと呼ばれています。しかし、第1回「#物語の中の北大」で紹介した『続・氷点』(三浦綾子1971)では「中央道路」と呼ばれています。いつ頃からカタカナで呼ばれるようになったのか…もしご存知の方がいらっしゃればお知らせください。
ちなみに『続・氷点』と『海猫』は、北海道の地方(旭川・南茅部)を基点とし、自らの出自に悩む若い女性が北大に入り、キャンパスや学生のなかで迷いながらも生きていく、といった構成が共通しています。北海道出身の作家による、北大が舞台装置として登場する北海道文学として興味深い2作品です。