起こりえるかもしれない危機、あり得るかもしれないリスク、未来を今から想像するのは簡単ではありません。ただ、事が起こってから後悔はしたくない、北大では未来を見据えて走り始める「いつかのための研究」があります。この「いつかのための研究」シリーズでは、CoSTEPが北大の複数の研究組織とコラボレーションし、来るかもしれない「未来」のために、「今」から始める研究について迫ります。
シリーズ1回目ではワクチン研究開発拠点(IVReD)拠点長の澤洋文さんに、IVReDの役割や強み、研究の全体像や展望をお話いただきました。2回目からは、所属する研究者の方々から具体的な研究のお話を伺っていきます。
今回は、IVReD臨床開発部門 特任准教授の高田健介さんに、IVReDに入った経緯から、ワクチンが効くしくみ、そして副反応を抑える今の研究までお話いただきました。
――高田さんは、北大獣医学部、北大大学院獣医学研究科を卒業された北大OBですね。その後、どういった経緯でIVReDに入られたのですか?
高田 大学院修了後は一旦海外に出ています。北大の学生時代は、免疫疾患を発症するマウスの解析に取り組んでいたのですが、免疫の基本原理についてより深く学ぶため、細胞免疫学を牽引するStephen Jameson博士を頼りにアメリカのミネソタ大学にポスドクとして留学しました。帰国後は、徳島大学の髙濱洋介教授と共に、胸腺という臓器で免疫細胞が生まれるしくみを研究しました。T細胞といって、病原体や癌から体を守るために重要な免疫細胞です。
2016年から北大の獣医学研究科に戻り、T細胞が体を守るしくみについて研究を続けていたのですが、そんな中、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こります。その後、日本におけるワクチン研究が見直され、未来のパンデミックに備えたIVReDが誕生しました(※背景については前回の記事参照)。学術的な論文を発表するだけでなく、社会貢献に繋がる研究ができる又とない機会と思い、IVReDへの参加を決めました。
――これまで複数の機関で研究をされてきたのですね!IVReDの研究環境は如何ですか?
高田 まず、研究に集中できる環境が良いです。そして、さまざまなバックグラウンドを持つ研究者がワクチン開発という同じゴールを目指して所属しているので、IVReD内でのコラボレーション、そして他大学のワクチン開発拠点とのコラボレーションが生まれる可能性が強みだと思います。
――それでは、現在のご研究について簡単に教えていただけますか?
高田 簡単に言うと、ワクチンの効果を高めつつ、副反応を抑える方法を探っています。ワクチンというのは病原性を失わせた病原体や、病原体の成分の一部を投与することで、特定の病原体に対する「免疫記憶」を人為的に誘導するものです。免疫記憶の形成には炎症が必要なので、強力な免疫記憶をワクチンで誘導しようとすると、炎症に伴って発熱などの副反応が出てしまうのです。
――「免疫記憶」とは何ですか?何が記憶を持つのでしょう?
高田 免疫記憶を持つことになるのはT細胞やB細胞といったリンパ球です。侵入してきた病原体と戦うこれらの細胞は、病原体が排除された後も、一部が記憶T細胞や記憶B細胞として体内に長期間残り(図2)、次に同じ病原体が入ってきたときには即座に対応できるようになります。この流れを「獲得免疫反応」といい、ワクチンの基本的なしくみです。
――なるほど、獲得免疫反応という強い防御機能があることで、特定の病気にならなくなるのですね!でも副反応を抑えるなんてことが、可能なのですか?
高田 獲得免疫反応のなかでも、強力な記憶T細胞を安全に誘導することはとくに難しいのです。炎症への依存度がすごく高いですから。今まさに研究中の技術は、ワクチン接種と一緒に、ある飲み薬を服用することで、副反応を抑えつつ、強い記憶T細胞を誘導するというものです。マウスを使った実験で一定の成果を得ており、ワクチンの効果と安全性を高める新たな戦略となる可能性があります。
――ええっ、それは凄いですね!免疫細胞を強化して副反応を抑える、夢のような方法ですね! それは、どのワクチンにも効果があるのですか?
高田 原理的にはさまざまな種類のワクチンに効果があると期待しています。ただこれから臨床研究を経て社会実装に繋げていくには、もちろん自分一人の力では限界があります。周りの助けを得て、コラボレーションをしていく必要があります。
――そこでIVReDのコラボレーション力ですね。
高田 はい。ワクチン開発拠点事業には医療系機関や製薬企業も含まれ、実用化に向けた連携がとりやすい体制になっています。また、そういった異業種間連携の経験が豊富な研究者に囲まれて仕事できるということも重要です。研究には大きく分けて「基礎」「応用」「開発」の3つのエリアがありますが、私は元来「基礎」のエリアにいる人間です。研究成果を社会実装に繋げたいとはじめに言いましたが、それには私以外に「応用」、「開発」のエリアにいるたくさんの人たちと手を繋ぐ必要があるのです。
――本当にそうですね。バトンが繋がれ、研究成果が社会実装される日が楽しみです!高田さん、お忙しいところありがとうございました!
これまでの「いつかのための研究」シリーズはこちら
- [いつかのための研究 No.1]次のパンデミックを見据えて-北大のワクチン開発・感染症対策-(2024年10月24日)