スーパーの魚売場。
「どのお魚が一番おいしいんだろう?」と、悩んだ経験はありませんか?
そんな私たちの身近な悩みを解決してくれるのが、魚介類の鮮度をリアルタイムに見える化する画期的なシステム、「MIRASAL(ミラサル)」です。
今回、私たちは、このシステムを開発した、北海道大学工学研究院附属エネルギー・マテリアル融合領域研究センター、エネルギー変換システム設計分野の坪内直人先生にお話を伺いました。
坪内さんは、資源・エネルギー・環境という大きな問題に化学の力で挑む研究者。CO₂の再利用技術や、劣質な鉄鉱石を有効活用できるようにする研究など、その成果は多岐にわたります。
「なぜ、鉄鋼の研究者が、魚の鮮度を…?」
一見すると全く結びつかない2つの分野。その大きなギャップに興味を惹かれた私たちは、坪内さんの研究とその裏側について、インタビューしてきました。
【吉野由唯・法学部1年/伊東大峨・経済学部1年/川和瑶平・医学部1年/佐々木仁瑚・総合理系1年/田中渉太郎・総合理系1年】

インタビューの様子
研究者としての歩み
なぜ研究者となったのですか?
坪内さんは、北海道芦別市で生まれました。昔は、レジャーランドなどがある炭鉱の街で、最盛期には人口が7万人以上にものぼったそうです。
しかし、高校生の時、最後の炭鉱が閉山します。炭鉱関係者の多くが市外、道外へ出て行き、グラウンドに石炭が山積みになっている光景を目の当たりにしました。
「この石炭を有効に利用する技術を作れれば、この街をもう一回再生できるんじゃないか」
当時抱いたこの思いが、坪内さんが研究職の世界に足を踏み入れるきっかけになります。
さらに、高校生の時、大学の先生が来校し、基礎研究についての出前講義をしてくれたそうです。そこで芦別市と関わり深い石炭を、大学で研究できたら良いなと思うようになりました。
坪内さんは中高生時代、将来何をするかが決まっていなかったものの、この出前講義をきっかけに学問の楽しさにも気づいたそうです。特に、高校の数学の難解な計算がどのように使われ、どのように役立つのかがわかると楽しさを感じたといいます。
「その学問がいろいろな問題解決に役立つってのが面白いと思うんですよね。」

楽しそうに話す坪内さん
大学は鉱山学部に進学し、化学工学を学びます。高校で学ぶ化学(ケミストリー)から発展した、化学反応としてできることが分かったことを装置とし組み立てて社会実装するのに不可欠な分野といえます。具体的には、石炭の熱化学や装置設計、シミュレーション技術を学んだあと、研究者として北海道大学に来られたそうです。
研究の動機
MIRASALを開発しようと思った理由を教えてください。
きっかけは、「石炭の加熱時における挙動をシミュレーションできるなら、魚介類の腐敗する速度も計算できるのでは?」という一言でした。
「北大で鉄鋼関係の研究をしていて、ある時、
『お魚が腐敗していく速度は計算できますよね。石炭より簡単ですよね。それをシステム化するのもできますよね。』
と知り合いの研究者に言われて。」
当初は、「やってもいいけど本当に意味があるのか?」と感じていたそうです。しかし、「果物の糖度が分かるように、お魚の鮮度が判明すれば、消費者の役に立ち、社会貢献できるのでは?」と考えるようになったといいます。

MIRASALソフトと坪内さん
研究を後押しするような、街の人からのニーズはあったのですか?
「問い合わせは結構あるので、期待はされているんだろうなというふうには実感しています。」
魚の取引は、多くは鮮度をベースに行われますが、実のところ、本当の鮮度は分からないそうです。また、魚介類が分解していく際、途中で旨味成分が出てくるため、鮮度がいいほど美味しいとも限らないといいます。
目利きの人の判断に加え、鮮度・旨味成分がきちんと数字で評価できれば、生産者の利益が高まるとともに、消費者も買いやすくなると思ったそうです。
また、寿司店の立場からすれば、鮮度と旨味成分のバランスを考えるという点で、より美味しい魚を提供することに役立ちます。

研究の中で、水産学部や農学部など他の学部と協働して、何かを研究したことはありますか?
「学内的には水産学部とやっています。」
MIRASALの開発当時は、水産学部との連携を行っていました。昨年まで研究室にいたスタッフが水産学部に異動になったそうで、今後、より密な連携になると考えています。
坪内さんは、あくまでも鮮度を計算し、評価しているだけで、魚のことは正直何も知らないといいます。研究室の元スタッフが水産学部へ行ったことで、水産学をより深め、MIRASALの研究に役立てることへの期待が伺えました。
研究開発の歩み
坪内さんは、鮮度の計算をしていく上で必要な魚の中心温度(芯温)の変化を測定するために、ポリマー製の魚の擬似モデルの内部に、温度計を設置したデバイスを開発しました。
ポリマーを使って魚を再現するというアイデアは、どのように思いついたのですか。
「魚の中心温度を正確に測定し、鮮度を評価したいと考えたことが、このアイデアのきっかけです。」
魚は、各地の漁港から豊洲市場、鮮魚店、そして寿司店などへと運ばれるまでの間、温度状態により鮮度が大きく変化します。しかし、魚の中心温度(芯温)を正確に把握することは難しく、鮮度を適切に評価できないという課題がありました。
当初は、魚に直接温度センサーを挿入して温度を測定していましたが、これでは魚に傷がつき、商品としての提供が難しくなってしまいます。そこで坪内さんは、魚と同じように熱が伝わる素材を作れば、魚の温度を測定できると考え、ポリマーに水を加え比熱(物質1グラムの温度を1度上げるのに必要な熱量)を調整して魚を模擬することにしました。

魚を再現したポリマーを見せる坪内さん
最初の試作品と現在の装置で、最も大きく変えた点は何ですか。
「最初は、ポリマーそのもので魚の体を再現しようと考えていました。」
坪内さんは当初、魚と同じような熱の伝わり方を再現するため、水を含むポリマー自体を魚の形・大きさに合わせて製作していました。しかし、この方法では魚種や大きさごとに模型を作る必要があり、大型魚では重量が増してしまうという課題がありました。
現在は、ポリマーのみの疑似モデルと温度センサーを組み合わせた小型装置を用いています。ポリマー内部の温度変化から魚の中心温度を計算し、これをMIRASALと連携させることで、魚の鮮度評価が可能になるそうです。
![]() 改良前のポリマー製デバイス |
![]() 改良後のポリマー製デバイス |
研究を進める中で、時間や労力、費用などの面ではどのような苦労がありましたか。
「この研究を始めたのは2020年ごろで、比較的新しいテーマです。」
研究には一定の費用がかかったものの、坪内さんが取り組んでいる鉄鉱石の研究などと比べると、費用は比較的少ないそうです。試作品の製作費は、研究段階でも約1万円程度で、市販の部品を用いて開発できます。
一方、解析に必要なパソコンやソフトウェアの開発・運用には多くのコストがかかっているといいます。装置の改良だけでなく、魚の温度変化を正確に予測する計算技術の開発を重ねることで、現在の鮮度評価システムを完成させてきました。
MIRASALの今後
MIRASALは、現在どの程度、利用されていますか?消費者まで普及すると思いますか?
「現在は、回転寿司チェーン店のひとつと生産者側で使われています。ただ、現状の技術だけでは消費者まで普及するとは考えていないです。」
MIRASALには、鮮度を保つために適切な氷の量を計算する機能も備わっており、実際に生産者にも活用いただいているといいます。
消費者は主に一般家庭になると思いますが、そこに普及させるためのアイデアなどはありますか?
「お魚のパッケージに QRコードをつけて、それを消費者がスマホのソフトで読み取れば、今の鮮度がどのぐらいかが分かり、買う時の判断材料にしてもらいたい。」
市場や鮮魚店、寿司店まで魚の中心温度(芯温)を測定し、消費者への提供するときや消費者が購入する際の判断材料にすることを想定しています。やろうと思えば消費者が購入した魚を冷蔵庫に入れるまでの温度履歴を測定し、冷蔵庫に入っている段階の魚の鮮度を評価することも可能だそうです。

MIRASALソフトの使い方を説明する坪内さん
前半では、研究者になるきっかけやMIRASALを作ろうと思った動機、開発する上での試行錯誤、さらにはMIRASALの今後についてまで教えていただきました。
美味しいお魚が将来、気軽に食卓に並ぶ
そう考えると、とても興味深い内容でした。
また、魚を模したポリマーを私たちも実際に触らせて頂き、いかに坪内さんがポリマーをより軽量化し改良していくことに強い思いを込めたかを感じることができました。
後半では、研究内容を決めるプロセスや研究をする上での原動力、楽しいと思う瞬間、さらには研究室に来て欲しい学生像についてお聞きしました。最後には、高校生へのメッセージや生まれ変わっても研究者になりたいかなど、坪内先生の素顔にも迫ります。

私たちもポリマー製デバイスを触らせて頂きました。
改良前と後では重さが全く違います。

