見た目は愛らしい、北米原産のアライグマ。でも最近、日本で急速に数を増やして、人間や他の生き物を困らせています。アライグマは悪者なのでしょうか? 今回は、アライグマへの対策について研究している池田透さん(文学研究科・教授)にお話を聞きました。
【佐々木学・CoSTEP本科生/北海道大学職員】
アライグマとの出会いはどのようなものでしたか
大学院生の頃は行動科学が専門で、札幌の市街地など、人間社会に入り込むキツネの行動を研究していました。ある時、アラスカの研究者から「アメリカではアライグマが都市部に入り込んでいて、キツネはその外側にいる」という話を聞きました。その時は、キツネよりもたくましい奴がいるのだな、という程度にしか思いませんでした。
しかし、1990年に、北海道恵庭市の高速道路でアライグマの子供が保護されたと聞き、現地で彼らの足あとを見つけた時は、これはまずい、早く手を打たなければ、と思いました。本来は生息しないアライグマが繁殖しているとすれば、社会的インパクトが大きいことが明白だったからです。
アライグマ対策が自身の研究テーマとして成立するどうかは、正直なところ分かりませんでした。それでも、やらなければいけない。やるからには、実効的な対策が打てなければ意味が無い。腹をくくって取り組もうと決意しました。行動科学の研究成果を社会に還元する方法を探っていたこともありましたね。それで、翌年の1991年に思い切って恵庭市に引っ越してしまいました(笑)。それが、私が北海道初のアライグマ研究者となったきっかけです。その後、調査を進めながら対策の必要性を訴えたことで、恵庭市が自治体として国内で初めてアライグマ対策に乗り出し、本格的な防除が始まりました。
アライグマによる被害とはどんなものですか
人間にとっての直接的な被害は、畑を荒らされること。他の生物に与えるダメージは、さらに深刻です。たとえば、希少な在来生物であるニホンザリガニやエゾサンショウウオを食べたり、フクロウの巣を奪ったりします。野幌で、アライグマがアオサギの営巣地を襲って、アオサギがいなくなってしまったという例もあります。鳥の卵全般が大好きで、アメリカでは「アライグマの被害を受けない鳥はいない」と言われているほどです。すでにアライグマは全47都道府県で目撃されており、分布状況は深刻です。
(2002年から2006年にアライグマが目撃された場所。日本全国に広がっている)<© 環境省生物多様性ウェブサイト>
どのような手法で調査や捕獲を行っているのですか
いったん捕獲してから発信機を付けて放し、アンテナと受信機を使って行動を調査します。アライグマの行動範囲はかなり広く、ひと晩で7kmもの移動を確認したこともありました。捕獲には、通常はカゴ状の罠を使用します。アライグマは目も鼻も悪く、触覚を頼りにエサを探すので、罠の周辺や、彼らが好む浅い水場にもエサを撒いて、罠に誘導します。色々試した結果、エサは「キャラメルコーン」が断然効果的です。
(アライグマを捕獲するための罠。軽く触れるだけで出入り口が塞がる)
また、私の研究室が開発した新型の巣箱型罠は、幹に空いた穴で寝るアライグマの習性を利用して、エサ無しで捕らえることができます。さらに、罠にアライグマが入ったら、携帯電話に連絡が入ります。捕らえたときだけ現場に行けばよく、人的コストが大幅に削減できます。
(巣箱型罠について、ニュージーランドの外来種研究者に説明する池田さん)<写真提供:池田さん>
最初はアライグマを駆除することに反発する人も多くいましたが、害獣としての認識が広まってからは、逆に放さないでと言われるようになり、研究が少々やりづらくなってきています。
アライグマ被害を防ぐことはできるのでしょうか
私の最近の取り組みとして、大分県大分市一木地区の例があります。アカウミガメの産卵地でアライグマの足あとを確認したと聞き、ウミガメの保護に取り組んでいる「NPOおおいた環境保全フォーラム」に連絡。NPOと協力して、電気柵やカメラ、罠などで対策を行いながら、地域講習会を開くなどして対策の必要性をアピールした結果、大分市が動いてくれました。官・民・学協働の防除体制を確立して、個体数を減らすことに成功したのです。
被害を防ぐには、確実なデータを示し、自治体を動かすことが重要です。この例では、現地で活動するNPOとの連携で確かな情報を得られたことが成功のカギとなりました。市民の方々の目撃情報も重要です。皆さんと協力して、被害を減少させていきたいと考えています。
私たちは、アライグマを悪者と呼べるでしょうか?
アライグマは確かに、人間や在来生物に多くの被害をもたらします。しかし私たちは、アライグマを悪者とは呼べません。なぜなら、本当の悪者は、彼らを他の土地に持ち込んだ私たち人間だからです。だからこそ、人間には在来生物を守る責任がある、と私は考えます。アライグマの処分は、苦渋の選択であり、実際に対策に取り組んでいる私たちは皆、生命の重さを感じています。
外来生物問題は、生命観や生命倫理の問題にまで及びます。人間がこれまでやってきたことを映す鏡であり、我々が今後どう行動するべきかを考えさせられる、大きな課題なのです。
<写真提供:池田さん>