北大に入学して数か月。大学は楽チン、という僕たちの幻想は崩れました。なぜ、将来使いそうもない歴史や数学を、大変な思いをして学ばなくてはならないのでしょう? 大学での勉強に疑問を抱き始めたころ、僕たちはこの疑問を晴らしてくれそうな先生がいることを知りました。経済学部を卒業後に、労働省、民間シンクタンクを経て、その後大学院で学び、現在は教育と職業の関係を研究する亀野淳さん(高等教育推進機構・准教授)です。僕たちは亀野さんの部屋を訪ねました。
【上澤将大・総合理系1年/茶木駿・医学部1年】
大学の勉強は将来の職業に役立つのか?
亀野さんは現在、大学などの高等教育が、働く上でどのように役立っているかに注目して研究を行っています。そこで、大学の教養科目を受ける意味について聞いたところ、「将来職業に就いた時に役に立ってくる」と答えてくれました。
亀野:教養科目の勉強が意味ないというのはちょっと疑問で、大学の勉強と職業というのは色々な形で繋がっています。コミュニケーション能力や問題を論理的に考える能力、問題発見能力など、いわゆるジェネリックスキルと呼ばれる能力をつけるためには、色々な分野の勉強をして、論理的に物事を考えたり、相手にわかるように話す経験を積む必要があります。
教養の勉強は広い視野を持つためにも必要だと思います。専門の勉強を深めることも必要ですけど、それだけではいけません。違う分野のこともいろいろかじっていく。そうすると、いろいろなことが繋がっていることがわかるんですよ。大学の教養の勉強は間接的に役立っているのです。
(熱心に説明してくれる亀野さん)
僕たちは正直、教養科目の意義に疑問を抱き、早く専門分野の勉強をしたいという気持ちさえ生まれていました。しかし、亀野さんからお話を聞いて、その考えは浅薄であったと感じました。でも、北大の教育制度に関しては、まだ納得できないことが残っていました。
北大の総合教育は良いシステムなのか?
北海道大学の大きな特徴の一つである、一年次で学部に関係なく同じ科目を履修し、成績によって二年次以降進級する学部を決定する「総合教育」制度。僕たちは次に、北大生を苦しめている(?)この制度がなぜ行われているのか質問しました。
(北海道大学の総合教育制度。1年生は全員合教育部に所属する。総合入試入学者は1年次の成績によって進級先が決まる)
<北海道大学高等教育推進機総合教育部ウェブサイトの図を参考に作成>
亀野:何も知らないで早いうちに学部を決めてしまうのは、ちょっとリスキーかなって思います。だから大学に入っていろいろ勉強しながら学部を決めるのは悪い制度ではないと思うんですよね。北大の総合教育は賛成も反対もありますけど、私はどちらかと言えば賛成派ですね。
学部選びに限らず、日本はまだまだやり直しがしにくい国です。やり直しがしにくいということは、最初の選択がもの凄く重要になってしまいます。大学卒業後の職業においても同じ問題があります。
この話を聞き、他国ではどのような教育が行われており、日本とどう違うのかについても知りたく思いました。
「世界一」といわれるフィンランドの教育
亀野さんはフィンランドの高等教育や人材育成について研究しています。僕たちはそれがフィンランドの教育が優れているからだと思っていました。しかし亀野さんの答えは意外なものでした。
亀野:一研究者として客観的に比較の対象として見ていて、一概にフィンランドと日本のどちらがいいとは言えないですね。ただ大きな違いはあります。たとえば日本では18、19歳で大学に入り、4年間大学に通って就職するというのが一般的ですが、フィンランドではそんなことはありません。卒業する前に企業に勤め、また大学に戻ったりすることも多いのです。つまり大学と企業の関係がフレキシブルなのです。
(フィンランドにて。この明るさですが夜の7時。調査後の一時です)
<写真提供:亀野淳さん>
大学の教育と職業の関係に対する意識にも違いがあります。日本と欧州の国々で、高等教育機関卒業者に対してアンケート調査を行いました。「学んだことが現在の仕事でどの程度役立っているか」「現在の仕事で自分の知識や技能をどの程度使っているか」を聞いたところ、日本はフィンランドや他の国より否定的な結果が得られました。
(「学んだことが現在の仕事でどの程度役立っているか」という教育有用度(横軸)と、「現在の仕事で自分の知識や技能をどの程度使っているか」という知識活用度(縦軸)を5段階で回答し、その平均値をプロットした図)
<原図提供:亀野淳さん>
この結果を見て日本の教育を変えなければ、と言う人もいますが、その国の労働市場や企業の人事制度など様々な要因が絡んでいるので、原因について一概には言えません。色々なシステムがかかわりあって人材育成という一つのシステムが成り立っているのです。
先生にとって勉強とは?
最後に僕たちは、亀野さんに「勉強はなぜするのか?」という純粋な疑問をぶつけました。亀野さんは
「将来の選択肢を広げるため」
と答えてくれました。大学での活動がジェネリックスキルの形成につながり、それが社会にでたときに活かされるという事です。これから僕たちが社会に出て必要とされる様々な能力は、今、大学で学ぶ際に培われるという事を知ることができました。インタビュー前に感じていた、大学での勉強に対する疑問はもうありません。これからの大学生活では、すべての授業を有意義なものにするべく頑張ろうと思います。
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この記事は、上澤将大さん(総合理系1年)と茶木駿さん(医学部1年)が、学部授業「北海道大学の「今」を知る」の履修を通して制作した作品です。