体内でがんを排除するメカニズムの研究に取り組んでいる佐藤奈波さん(総合化学院 遺伝子病制御研究所分子腫瘍分野 博士課程1年)に、北海道登別明日中等教育学校4回生の5人がお話を聞き、レポートにまとめました。
培養している細胞のサンプルを紹介する佐藤さん
がん細胞の正体
【和田 馨・登別明日中等教育学校4回生】
自分にとって細胞というものは、あまりにも小さく、どんな働きをしているのか想像もできない未知の存在でした。その細胞を使ってがんの超初期段階を解明するのが佐藤さんの研究です。現在、体内の正常な細胞はがん細胞を発見すると、押し上げて排除しようとすることが明らかになっています。佐藤さんは、そのメカニズムを解析することで、発がんの予防や治療に発展できないかと、日々研究を進めています。そんな佐藤さんの普段の研究の様子を見せてもらいました。はじめに見せてもらったのが、正常な細胞ががん細胞を押し上げている様子です。目の前で物理的に押し上げられている姿が見えたときはとても驚きました。その瞬間、「見た目には変わらない細胞なのにどうしてがん細胞だと分かるのだろうか。」と新たに疑問がわいてきました。未知の存在であった細胞が、実際に目の当たりにして、自分の中にあった疑問が新たな疑問に変わりながら、少し身近に感じることができました。
コンフォーカル(共焦点)顕微鏡でがん細胞が押し出される姿を3Dで見ることができます
メディチェンとマウス解剖
【矢野 琴己・登別明日中等教育学校4回生】
次に、実験に使う細胞を培養する部屋を見せてもらいました。そこでつくられている細胞は液体の中で生きています。37℃に設定されている恒温器(インキュベーター)で保管されていました。恒温器は業務用スーパーにありそうな大きなものです。その中に佐藤さんは300ラインの細胞を保管し、毎日お世話をしています。クリーンベンチという機械の中で、内部を風で滅菌しながら、細胞のための栄養分の入った溶液を替える(メディウムチェンジ)そうです。佐藤さんが入ってすぐに違う靴に履き替え、専用の手袋をつけている姿を見ていると、細胞は衛生面にとても気を使う、繊細なものなのだと思いました。最後に、マウスから細胞のサンプルを取り出す作業を、映像で見せてもらいました。マウスの解剖の様子を見るのは、慣れていない自分にとっては、ほんの数秒でもきついものでした。またそのマウスが、別の部屋一室にあるケージで飼育されていることに大変驚きました。
入口に置いてあるホワイトボードにはここでの生活感が漂っています
研究者の日常
【小田桐 経槻・登別明日中等教育学校4回生】
佐藤さんの話の中で特に印象的だったのが、研究で使用したマウスに対する慰霊祭を、年に一回行っていることでした。マウスの解剖のような作業を日ごろ行っていくのは、とても大変なのではないかと感じました。しかし、そこで立ち止まってはいられません。自身の目標に向かって研究をされている佐藤さんは、とても楽しそうでした。「わからないことがあるときは、研究実績のある先輩に教えてもらって助かっている」とのことで、研究室の先輩の優しさを感じました。研究の息抜きには、仲間と一緒にジャンケンをして、勝ったらローソンで買ってきた「からあげクン」を食べられるといったゲームをしているそうです。佐藤さんの研究者としての日常は厳しいものだと思います。その中で集中して研究を進めていくための、ちょっとした楽しさが生まれている様子を感じることができました。
日々行っている細胞培養は慣れた手つきの様子
研究者の熱意
【谷岡 幸之助・登別明日中等教育学校4回生】
実験室に置いてあるものを眺めていると、机や棚の上の数え切れないほどのキムワイプ(実験室ではおなじみの紙製ウエス)が目に留まりました。その多さから、ここで研究している方の研究に対する熱意が伝わりすぎて、自分たちが実験室に呑みこまれているような感覚になりました。一方で、研究機材の隣にある掲示板の内容が、意外とシンプルなのがおもしろかったです。見学の最中に、こちらの研究室の教授である藤田恭之さんが顔を出してくれました。そこで藤田さんは「わからないことや知りたいことがあったら、ためらわずに明るく話しかけてくれる方がお互いのためになる。」とおっしゃっていました。私たち高校生にとっては、先生は少し遠い存在のため、気軽に話しかけたり、質問したりすることをためらってしまいます。しかし、大学での研究は、大きな熱意を持って、お互いの立場を尊重しながらも、協力しあって活動することなのだと強く感じました。
佐藤さんに研究室全体を案内してもらいました
癌細胞研究と日常
【海野 祐哉・登別明日中等教育学校4回生】
見学する前までは、大学の研究というのはすごく堅苦しいもので、自分たちの日常とは別の世界だと思っていました。しかし、今回の佐藤さんのお話を通して、大学の研究というのは、もっと身近なものであり、自分の生活とつながっているものだと感じました。「がん細胞研究」と言葉だけ聞いても、どのようなことをしているのかイメージがつきませんでしたが、日本で国民病と言われている「癌」を治すための研究をしていることを知り、驚きました。ただ、佐藤さんは「まだ実用化は難しい。研究は基礎段階です。」と言っていました。このような研究が実際に実用化されるには、学会で発表したり、論文を書いたりして人に伝えていかなければいけません。学会の発表をきっかけに、他学部との共同研究の話が来ることもあるそうです。このような佐藤さんの研究者としての姿を目の当たりにして、身近に感じただけでなく、さらに研究することに興味を持ち、自分もやってみたいと思いました。その第一歩として、これからは身近なことの不思議に「なんで?」と疑問を持ったら、どうしたら解決できるかという探究心を持つことを意識していこうと思います。
後列(右から):佐藤奈波さん、和田馨さん、小田桐経槻さん、谷岡幸之助さん 前列:海野祐哉さん、矢野琴己さん
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この記事は、北海道登別明日中等教育学校のインターンシップにCoSTEPが協力して実施した成果の一部です。
【取材:和田馨、矢野琴己、谷岡幸之助、小田桐経槻、海野祐哉さん(登別明日中等教育学校4回生)+CoSTEP】