骨の強さは、骨の構造と密接に関わっています。骨折しにくい強い骨を作ろうと言われたら、「そのためにはカルシウムをとろう。つまり、牛乳やにぼしをいっぱい食べるだけで完璧だ!」ということにはなりません。実は、カルシウムを含む骨を構成するミネラルの量だけじゃなく、骨がどのような構造をしているのかもとても大切です。私は骨折、特に高齢者の骨折を減らすために、骨を観察して骨の強度と構造の関係を研究しています。
【田口佳孝・工学院修士1年】
(左手に持っているのが骨を構成している主なミネラル結晶の模型)
ロボでなく、ウシを研究、工学部
工学部といえばロボット、機械、乗り物、金属などを主に研究しているイメージがあります。実際に同じ建物内にはロボット作っている研究室や宇宙ロケットを作っている仲間がいます。でも私はウシの骨をいじっています。研究室の名前はバイオメカニカルデザイン。バイオとは日本語で生命や生物を意味する言葉です、だから「バイオって医学部や農学部の分野じゃないの」とよく言われますが、そこをあえて工学部の目線からバイオを研究しているのです。具体的には、工学部で行うような金属の強度を調べる実験を、そのまま骨にも行っています。その際、基礎実験として、ヒトの代わりにウシの骨を使用しています。
「肉付き骨」から試験片を作る
左端の写真、骨付き肉ならぬ「肉付き骨」です。国産牛の「肉付き骨」から国産牛肉を取り除き、のこぎりで輪切りにして真ん中の写真のように切り分けてから、右端の試験片を作ります。サイズは厚さ1ミリ、幅2ミリ、縦32ミリ。だいたいつまようじの半分ぐらいの長さの試験片ができます。
観察したい構造は2つあり
今回調査したのは皮質骨という硬く緻密な骨です。そして、観察したい骨の構造は、オステオン構造とミネラル結晶の向きです。まず、皮質骨を拡大して見ていくと100~200μm(0.1~0.2mm)の大きさのオステオンという構造(上図中央、円筒状の構造)が見えます。オステオンはバームクーヘンに似た筒のことです。さらに拡大して見ていくとコラーゲンとミネラル結晶が存在します。私はそのオステオンの大きさはどうか、どんな方向を向いているのかを観察しました。ミネラル結晶の中心軸の向きとひずみの変化を観察しました。ひずみとは物体に外力を加えたときに生じる変形の割合のことです。もちろん肉眼では見えません。そのため実験ではX線を用いて観察しました。
骨を折らないための、骨が折れる作業、でも骨が折れて心が折れそう
この研究は私が始めたわけでなく、先輩たちの結果を受け継いで行っています。骨の強度を支える仕組みを明らかにしようとする研究です。
そのなかでの私の研究の個性は試験片を切り出した方向です。私の研究は円周方向(上図の赤矢印の方向)の試験片で行っています。いろいろな方向の試験片で実験する理由は、方向によって骨の構造が異なるためです。オステオンとミネラル結晶の多くが円周方向より骨軸方向を向いていたり、また骨の強度も骨軸方向を向いているほうが高いことが分かっています。つまり円周方向は折れやすいのです。このことが、この実験を大変にしています。誤って試験片を折ってしまったら、実験失敗でデータが取れません。しかし、実験中に容赦なくポキポキ折れてしまいます。成功率はなんと50%以下!骨を折らないための実験なのに骨がポキポキ折れてしまって、なかなか思い通りにはいきませんでした。
田口なら大丈夫だろう
困難が伴う円周方向の実験ですが、「メンタルが強そうな田口なら大丈夫だろう」という周りの声と、私個人の楽観的な考えもあって、私田口は2017年9月から現在(2018年7月)も円周方向の実験をしています。試験片を作る最中や実験中に失敗して半分ぐらいの試験片が折れましたが、折れてもすぐに「次折れないようにどう工夫しようかな」と意識を切り替えているので、心が折れることなく実験を続けられています。
いままで取り終えた実験データには予想通りのデータもあれば、そうでないデータもあります。でも予想通りの結果が出なかったからと言って、研究は失敗というわけではありません。「予想通りではないことに何か理由があるのか?それとも実験に改善の余地はないか?」など疑問点がいくつも出てきます。一つ結果を出して終わりにせず、さらに新しく出てきた疑問点を調査していきたいと思います。
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この記事は、田口佳孝さん(工学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
田口佳孝さんの所属研究室はこちら
工学院 人間機械システムデザイン専攻
バイオメカニカルデザイン研究室(東藤正浩 教授)