Youtuberは今や子供のなりたい職業で上位に入るほどの人気ですね。私はYoutuberならぬNanotuber(ナノチューバー)です! ナノチューブとは、1 mmのさらに100万分の1程度のサイズの、小さな小さなチューブのことです。それを作り出すのがNanotuber! 私はナノチューブの合成と、それを応用した装置の研究をしています。ナノチューブを活かせば、たった一つの分子をとらえる「超高感度センサ」ができるかもしれません。
【後藤真菜美/総合化学院修士1年】
1分子だけをとらえることはムズカシイ。でもそれができれば…
すべての物質は原子の集合体である分子によって構成されています。分子のサイズはナノレベルです。だから実際に1分子を見ることも、操作することも至難の業です。そこで登場するのがナノチューブ。分子の大きさと同程度のナノチューブを用いれば、一つの分子をとらえることができるかもしれません。ある種のナノチューブは、分子がくっつくことによって電気抵抗が変化します。この性質を利用すれば、高感度なセンサを作ることが可能なのです。
単分子を検出できると、医療や環境保全など様々な分野で役立つと考えられます。例えば病気のもととなるタンパク質分子を正確にとらえれば、病気の早期発見につながります。また、有害物質をいち早く検出することができれば、環境汚染を初期の段階で見つけることができます。
(ナノが取り扱う世界はとても小さい)
バームクーヘン状のMoS2ナノチューブ
私が作っているチューブはMoS2(二硫化モリブデン)という物質からできています。MoS2はMo(モリブデン)原子がS(硫黄)原子にサンドイッチされた分子構造をとっており、これがシート状に連なっています。
(MoS2 はシート状の物質。巻くとチューブ形状になる!)
MoS2はシート構造をとるので、折り紙と同じ要領で好きな形を作ることができます。このMoS2のシートをくるっと丸めてできるのがMoS2 ナノチューブです。いくつもの層が重なってできているバームクーヘンと同じような構造で、何層も重なると数百nmの径になります。
ナノチューブをつくってみた…が
「まずはナノチューブを合成するぞ!!」
しかし実際に実験をしてみると…
1回目 何も合成できなかった
2回目 何も合成できなかった
3回目 ナノチューブかと思ったらごみだった
意気込んで実験を繰り返すも、なかなか合成することはできません。反応温度などの条件を変え、また実験をして…と試行錯誤の日々。結局、実験を始めてから奮闘すること半年。ついにようやくナノチューブを合成することに成功しました!
できたー!!!!!
意気揚々と先生に伝えに行くと
「よかったね! けどそれって本当にMoS2ナノチューブなん?」
ごもっともなお言葉。そうです。できたものが本当にMoS2なのかを確認するには、様々な測定を行わなければなりません。そのためには1本だけ取り出して詳細な解析を行う必要があります。ではどのようにしたら1本だけを取り出すことができるのでしょうか? 何か特別な力を利用するのでしょうか? いやいや、みなさんも体験したこともある力を利用するのです。
静電気力を利用してナノチューブを取り出す!
利用するのは静電気の力です。下敷きで髪をこすると毛が逆立ちますよね。あの力を利用してナノチューブを取り出すのです。実際には、先端が鋭利なガラスのプローブでナノチューブをつんつん触ったときに生じる静電気力で吸着させます。
(ガラスプローブと基板上のナノチューブの間に生じる静電気力を利用する。プローブはPCで操作)
やってみるとこれがなかなか難しい。ガラスプローブを早く近づけすぎてチューブがどこかに飛んで行ってしまったり、取り出したナノチューブを別の基板に置くときになかなか離れてくれず、ガラスプローブがぽきっと折れてしまったり…。これには慣れが必要で、職人技のように技術の習得が必要となります。
(ナノチューブをピックアップしている様子。ピックアップする本数が多い場合は2時間近く居座ることも。
Youtuberは数分の映像のために何時間もかけて編集するとか…私も頑張らねば)
(ナノチューブは直径が約100~500 nm程度。光学顕微鏡でもかろうじて見ることができます)
現在ではだいぶピックアップにも慣れ、いくつものナノチューブたちを取り出すことに成功しています。実際に取り出したチューブの断面を原子レベルまで見ることのできる高分解能な電子顕微鏡で観察すると…
(ナノチューブの断面の写真。電子顕微鏡で撮影)
ナノチューブの空孔付近ではMoS2の層がバームクーヘンのように幾重にも重なっている様子を確認することができました(写真右上)。さらに、ナノチューブに含まれる元素を調べるとモリブデンと硫黄が検出されました(写真下2枚)。すなわち、合成したナノチューブは狙った通りMoS2からできていたのです!
Nanotuberの野望ーさらなる活躍を目指してー
今後は、得られたMoS2ナノチューブを用いて実際にセンサを作りたいと考えています。
Nanotuber界の大先輩、炭素からなるカーボンナノチューブが1991年に初めて合成された時は、世界に大きな衝撃を与えました。今やカーボンナノチューブは世界中で研究されており、耐熱性ゴムや大容量キャパシタなど実用化への研究が盛んに進められています。MoS2ナノチューブはそんなカーボンナノチューブでは実現することが難しい、半導体分野への応用も期待されています。
ナノチューブのさらなる可能性を広げたい! いつかNanotuberを人気の職業に…!そんな熱い思いを胸に今日もナノチューブと格闘しています。
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この記事は、後藤真菜美さん(総合化学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
後藤真菜美さんの所属研究室はこちら
総合化学院 総合化学専攻 物質化学コース 無機物質化学講座
固体反応化学研究室(島田敏宏教授)
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