農家が作った農作物は、卸売市場を通して大量に安定的に流通させる。これが、今までの普通のやり方でした。しかしこの仕組みでは、作る側と食べる側が切り離されてしまっています。消費者は、食べているものがどのように作られているか知らないし、生産者も、自分が作ったものがどのように食べられているか分かりません。
そうしたなか、「より多くの人と関わりながらもの作りがしたい」という思いを持った農家が、新しいネットワークを作り始めています。農作物や加工品に対するこだわりを消費者に直接 伝える、商品の販売を通してその地域の地域性や風土を発信する、といった取り組みを行なっているのです。
小林国之さん(農学研究院 助教)は、そうした取り組みを行っている人たちを取材し、「新しい農業」がどうしたら発展していけるか、農業経済学の観点から研究しています。
農業経済学って、どのようなことを研究するのですか?
ポテトチップの原料となるジャガイモの生産や流通について研究していたことがあります。同じメーカーに原料のジャガイモを納めるにしても、契約栽培で農家が直接に納める場合もあれば、農協を経由して納める場合もあります。同じ地域なのに、なぜ生産や流通の方法が異なるのか。歴史的に何が違うのか、ということを調べました。
違いが生じる要因は、大きく二つありました。一つは自然条件です。何もしなくてもとても良いものが穫れる地域と、なかなか良い農産物が作れない地域。このときメーカーは良いものがとれる地域から買うので、その地域は契約栽培を行いました。
二つ目に生産者が組織する農協の事業スタイルにありました。農協が農家の先頭に立って引っ張っていくスタイルと、そうではない農協。このような違いも流通に大きく関わってきます。
どのような流通方法が農家にとって最も良いか。これは、そのときの経済状況によって大きく左右されます。ポテトチップの市場が拡大しているときには、農家にとって契約栽培のほうが有利です。しかし、市場が飽和状態になり、メーカーが買う量を抑制してくると、契約栽培の農家は企業と直接交渉しなければならなくなり、厳しくなってきます。
このように、経済状況と絡めながら農業の生産、流通について考える学問、それが農業経済学です。
新しい農業のあり方の研究
いま研究しているのは、これまでの市場流通を前提とした流通システムとは異なる農業生産、流通、そしてつくる側とそれを食べる側との関係、そういった新しい農業のあり方です。
農家のつながりであるネットワークの例として、スノーマーチという病気に強いジャガイモを栽培する農家の取り組みがあります。現在流通しているジャガイモの大部分は男爵いもとメークインで、他の品種にとっては参入が難しい状況です。農家の人たちはスノーマーチの魅力を伝えるため、スノーマーチを利用した焼酎の生産、販売を行っています。この焼酎の販売を通じて、消費者と交流を行い、スノーマーチの魅力を発信するネットワークを作っているのです。その取り組みについて調査しました。
(小林さん、スノーマーチを利用した焼酎を前に置いて)
北大マルシェについて教えてください
新しい農業のあり方を研究する中で、その取り組みに大学がもっと関わっていけるのではないかと考えました。そのような考えから、3年前より「北大マルシェ」という取り組みを行っています。全道から農家の方に集まっていただき、農産物の直接販売や生産者と消費者の間の情報交換、交流を行うイベントです。
北大マルシェには大きく2つの目的があります。一つは北大マルシェに携わる北大農学院や他大学の大学院生に、自分の専門分野以外にも幅広い知識を持ってもらうことです。そのために、実際にものを作る現場から、それを販売するところまで、実際に体験してもらいます。
もう一つは、これからの北海道農業はどうあるべきかを提案することです。道内には高い意識を持って商品を生産している方がいらっしゃいます。その方々に札幌に来てもらって、消費者と交流してもらいながら、北海道農業や食について考えるきっかけにしてもらう、という目的です。
今年の北大マルシェは8月31日(土)と9月1日(日)に行われます。
(去年の「北大マルシェ」のようす。写真提供:小林さん)
農業経済学の魅力はどんなところですか?
学生のころに初めて農家に取材に行ったときのことが、すごく印象に残っています。農家の方が機械のことなどを本当に親切に教えてくれたのです。
取材の後、家を出るとあたりは真っ暗でした。このとき、なぜ農家の人は、何時間も親切につきあって話をしてくれるのだろう、と疑問に思いました。
話してくれるということは、農家は自分たちのことを伝えたい。伝えて、自分たちのことを振り返りたいと思っているのではないか。私たち研究者は、農家の方の話をまとめ、研究を通して世の中に伝えていくのだ。そのような役割を感じたとき、「好きだからやる」というだけではない、社会科学のやりがい、面白さを感じました。
(小林さんの調査ノートのあるページ)
農業経済学の研究は、ノートとペンさえあれば、世界中どこででも仕事ができます。農家への取材では調査票をもとに質問をすることが多いです。調査票に書き込めないようなことはノートに記録します。自然科学で言う、実験ノートのようなものです。直接パソコンに打ち込んだり、録音したりということは、農家の方々との信頼関係が大事なので、あまりしません。お酒の席で話を聞くこともあります。
(過去の調査ノート)
最後に、これからの北海道農業は何を目指せばよいのでしょうか?
これからの北海道農業に必要なもの、その基本はおいしいものを作るということです。そのためには、農家の独りよがりでない、一定の基準が必要です。
北海道っておいしいよね、というイメージがあります。はたして本当にそうでしょうか。
今まで北海道農業の役割は、安い値段で大量に生産することであり、消費者がどのように食べるかは二の次でした。しかし、これからはそこを意識したものの作り方、さらにいうと農村のあり方、農家の暮らし方を見つめ直す必要があります。食べる人たちも、食べることについて、もっと考えると良いと思います。
(取材した田仲真実さん、小林さんと記念撮影)
この記事は、全学教育科目「北海道大学の今を知る」を受講した、田仲真実さん(水産学部1年生)の作品です。