北海道は現在、全国を上回るスピードで人口が減少しています。人口減少や少子高齢化が進む道内で、公共交通をどのように維持していくのかというのは大きな課題になっています。そのような地域の課題に、真正面から取り組む研究者が北大にはいます。北海道大学大学院工学研究院の交通インテリジェンス研究室を運営する岸邦宏さんです。北海道の交通の課題に対し、研究者としてどのように向き合っているのでしょうか。
――そもそも交通の研究というのはどのような分野になるのでしょうか?
私の専門は、交通計画、都市計画、あるいは関連して交通工学といわれる分野になります。土木工学という大きな研究分野の中に位置づけられてはいるのですが、土木工学が構造物や地盤、水の流れといった物理的な部分を扱うのに対し、交通計画ではその地域の交通体系や都市が将来どうあるべきかということを考えていくため、人間や社会を対象に研究を進めていきます。
交通計画、都市計画の研究対象は幅広いのですが、私はその中でも人々がどのように公共交通のサービスを評価していくのか、またある状況下で人々はどういう交通行動をするのかといった、人々の評価や行動を対象に研究してきました。人の主観的な判断や行動は、物理現象と違い多様ですので、理論があるといっても、実際には理論の通りに行かないことが多いです。交通計画、都市計画を考える上で、私が一番大事にしている点は、まずは現場に行って、そこに暮らす人々がどういう問題に直面しているのかとか、あるいはどういうニーズがあるのかを把握した上で、それを理論的な背景を踏まえながら現場にフィードバックしていくスタイルです。
――そうすると、実際に地域の人々との話し合いの中で交通計画が出来上がってくるのですね
そうです。まず実際に地域の交通状況や街並み、人々の生活を見に行きます。そして、次に実際に話を聞きにいったり、あるいは地域の方々向けのワークショップを立ち上げます。地域の現状を知った上で、研究として何ができるか、分析対象やテーマを絞って行きます。
基本的には研究を地域の方々のニーズに合わせて進めさせていただくというスタンスなのですが、ときにこちらからテーマを提案する場合もあります。私の研究室の学生は研究を進める上でどんどん地域に入り込み、実際に生の声を聞いて、現実を見て、そしてデータを集めて分析をしていきます。その結果を、学生自身が地域の方々に発表し、提案することもあるんです。
――北大生だからこそ伝わる部分もあるのかもしれないですね。
学生には、「まずは、理論を勉強しろ」と言っています。授業でやるような交通計画の理論的な部分はもちろん、「毎日の新聞を読んで、社会に対してアンテナを張ってくれ」と伝えています。要するに、社会でどのようなことが起きているのかということを自分の視点で考えてほしいのです。
一方、学生と議論をしていると、学生の何気ない一言が「あぁ、若者ならではの視点だな」と気づかされる場面もあります。私は学生がアイデアを出してくれることを、すごく大事にしています。
また学生がインタビューした方が、私がインタビューするより地域のおじいちゃんおばあちゃんはいろいろなことを話してくれますね。それは私の話し方のスキルということではなくて、地域のお年寄りというのは若い人たちと話をするのがとても楽しいんです。学生たちも一所懸命に話を聞こうとする姿勢があるので、問題の本質部分まで話してもらえる場合もあります。
――研究という側面だけでない交流があるのですね。交通計画という分野は地域との協働で進めていく研究なんですね。
現在、私たちは厚真町で町営の福祉バスの待合室にコミュニティカフェを作るという実験をやっています。厚真町は地域の高齢者の移動のために福祉バスを運行しているのですが、その運用面の課題になっていたのが待ち時間の長さです。利用者数が限られるため、運行本数を予算的に増やせず、結果的に帰りの待ち時間が長くなってしまいます。そこでバスの待ち時間を楽しく過ごせる場所があればと考え、コミュニティカフェを待合室に期間限定で設置し、町の人たちからこの取り組みを評価してもらうという実験を行いました。
(厚真町のコミュニティカフェで地元の方向けにトークを行う岸研の留学生)
実際に、「大学生が地域に乗り込んでコミュニティカフェをやります。若者たちと一緒にお話をしませんか?」と呼びかけると、すごく地域の皆さんは喜んでくれました。そして「こういうカフェが実際にあったら、もしかしたらバスを使うかもしれないな」と評価してくれました。しかし課題となるのは、私たちは大学の人間で、ずっとその地域にいるわけにもいかないという点です。つまり実験が成功した後は、その後誰か地域で実際にその活動をやってくれる人がいなければならないのです。
今回、厚真町で実験をやった理由としては、実際に厚真町の空き店舗を活用して地域の交流拠点を作ることに挑戦しようという若い世代の人たちが出てきたからです。実際にそういう人がいたから、厚真町なら、将来も地域の交流拠点と公共交通サービスを連動できると考え、実験を実施しました。
おそらく、一つの地域で成功する事例が生まれ、運営が軌道に乗ってくれば、多くの町でも「では、自分たちもやってみようかな」と取り組んでくれるのではないか、私たちはそう願いながらやっています。
――研究結果が社会実装されるためには、実験が成功するだけでなく、その後実際に地域の人がその成功を引き継いでいく必要があるんですね。
そういう意味では、先端的なシステムだけを導入しても機能しません。現在、国や都道府県を中心に、情報技術と交通サービスを組み合わせたMaaS(マース/Mobility as a Service)が推進されています。
北海道でも十勝地域を対象にMaaSの実験が始まりましたが、まず考える必要があるのは「何を持ってMaaSとするのか」という点です。単にアプリで交通経路と交通手段を組み合わせて検索できるようになったり、運賃がキャッシュレスで支払えることをMaaSのゴールと考えるのか、もしくはもっと幅広く、社会全体で「移動」という仕組みを通して社会をどう変えるかと大きなゴールを描くのか。
元々は前者を中心に考えられていました。でも、今MaaSでは、その仕組みを導入することによって「社会が、どう変わって行くか」「人々の動きは、どう変わっていくか」というところまで考えることがメインになっています。十勝の場合は、MasSで観光と生活交通*、二つの切り口で目的地を提案しようと議論しています。例えば日常生活の場面だと、目的地を案内してくれるだけでなく、「週末、図書館に行ってみませんか?」、あるいは「体を動かすのにスポーツセンターに行きませんか?」と提案してくれる、もし「行きたい」となったときには「そこまでは、こういう公共交通手段がありますよ」と教えてくれたり、アプリで決済できる。このように人々の生活や観光の中で、公共交通を位置付けていくMasSの取り組みが十勝で行われています。
実はMaaSの先進事例というと、よくフィンランドのヘルシンキで開発されたWhimというアプリが有名です。私も実際にヘルシンキに行って使ってみたのですが、行きたい目的地は自分で入力しなければダメなのです。だから、「どこに行こう」と決めた人だったら、一つのアプリで目的地を入力すれば、経路を決め、決済ができるので便利なのですが、目的地がまだ決まっていない人にとっては、そのアプリを立ち上げても何も始まらないのです。目的地まで案内する以上のことを、いま日本では十勝や他の地域を中心に「観光MaaS」という取り組みで行われています。切り口はITなのですが、実はITだけで完結するものではなく、地域の方々と連携しながら目的地を作っていくという取り組みが始まっているのです。
――そういう意味では、海外での先進事例のその先を目指しておられるわけですね。
そうですね。人口減少、高齢化が進む地方交通では、「MaaSが切り札だ」とか言う人もいっぱいおられるんですが、ただアプリを導入すれば良いというわけではなく、住民の皆さんが公共交通を使ってどのように移動してもらうかまで仕掛けていかないといけないと思っています。何もしないと地方の公共交通の利用者の母数は減っていきます。公共交通の利用者を増やすためには、まずは自家用車から転換してもらい、そして一人当たりの利用回数を増やしていく工夫が必要なのです。それは結局のところ、これまで公共交通は通院や通学、買い物という生活の基盤となっている部分、つまり生活交通を支えることが主眼とされていましたが、今後は友達に会いに行くとか、趣味を楽しむといったプライベートな目的の移動を増やす仕掛け、そしてそこに公共交通を位置付けていくという工夫が重要となってくると思います。
*生活交通とは一般的に地域における通勤、通学、通院、買物などの私たちの日常生活に不可欠な目的の交通を指し、過疎地域ではそのための公共交通をどう維持するかが課題となっています。
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今回お話いただいた岸さんの研究も映像で紹介される、地域と研究とのつながりがテーマのサイエンスカフェが札幌文化芸術交流センター(SCARTS)で開催されます。
ぜひ、お越しください。
第111回サイエンス・カフェ札幌
「みんなで考える持続可能なパートナーシップ 〜北海道から3650日後の対話をデザインする」
【日 時】 2月27日(木)18:30-20:30(開場 18:00)
【場 所】 札幌文化芸術交流センター SCARTS Studio1,2
【主 催】 北海道大学CoSTEP
【定 員】 60人 参加費無料・要事前申し込み 詳細は以下のサイトより