神経細胞は、だいたい図のような形をしています。樹状突起に刺激が入ると、軸索に電気的な変化が起き(活動電位が生じ)、終末部から化学物質(神経伝達物質)を細胞の外に放出します。その神経伝達物質が別の細胞に受けとめられることで、情報が伝わっていきます。
鹿内(しかない)さんや吉田さんたちは、どんなことを研究したのですか
1つのニューロンは1種類の神経伝達物質を作り出し、それを放出する、というのが普通です。ところが30年ほど前、脳のある箇所に集中して存在する神経で、新しい発見がありました。神経伝達物質としてセロトニンが作られると思っていたのに、GABA(ギャバ)という別の物質も作られるらしい、とわかったのです。
当然、そのGABAは何のために作り出されるのだろう、どんな働きをするのだろう、と疑問がわきますよね。薬理学講座の神経薬理学分野に所属する私たちは、わからないままだったこの問題を解き明かそうとしました。
どんなことが明らかになったのですか
離乳期のラットを、普段とは違う新しい環境に置いて、軽いストレスを与えてみました。私たち人間でもそうですが、新しい環境では何とはなしに不安を感じ、それがストレスになります。危険や恐怖を覚えるのとは違う、軽いストレスです。
すると、セロトニンのほかにGABAも作り出すニューロンは、こうした軽いストレスに反応しやすいことがわかりました。セロトニンだけを作り出す通常のニューロンが、身体に危害が及ぶような重度のストレスに反応しやすいのと、対照的です。
そして、セロトニンのほかにGABAも作り出すニューロンは、離乳期にだけ現われる一過性のものでした。
それは、何を意味するのでしょうか
セロトニンは、不安や恐怖などの情動をコントロールしている、重要な化学物質です。うつ病や、PTSDと略称される心的外傷後ストレス障害など、心の病にもセロトニンが関係しています。
一方、離乳期というのは、親の保護を離れ新しい環境にチャレンジしようとする心が、子どもに芽生える時期です。私たちが今回注目したニューロンは、そんな時期にだけ現われ、しかもその時期に受ける軽いストレスに反応しやすいのです。
こうしたことから、子どもが新しい環境に出ていって周りの環境とコミュニケーションをとれるようになるうえで、セロトニンのほかにGABAもつくり出すニューロンが何かしら重要な役割をはたしているのではないか、と考えられます。
ほかにも興味深い性質があるのですか
このニューロンのGABAは、終末部から放出されることはありません。GABAはどうやら、神経伝達物質として働いているのではなく、神経細胞の生存を維持したり、細胞周囲の環境を調節する働きをしているのではないかと思われます。
セロトニンのほかにGABAも作り出しているニューロンでは、通常のセロトニンだけを作り出すニューロンと電気的な性質も違うことが、私たちの研究で明らかになりました。刺激を与えたときに生ずる活動電位のパターンが違うのです。これが何を意味するのかは、もっと調べてみる必要があります。
ニューロンの電気的な性質って、どうやって調べるのですか
ラットの脳についての、世界中の科学者が使う詳細な地図、「ブレイン・マップ」があります。それを手がかりに、背側縫線核外側部(はいそく ほうせんかく がいそくぶ)という、0.2×0.4ミリメートルほどの小さな場所を突き止め、そこにある神経細胞群を取り出します。
そして、顕微鏡で見ながら神経に刺激を加え、どのような電気的反応があるか、機器を使って調べます。電気生理学という分野の研究方法です。
一昔前の電気生理学者には、抵抗やコンデンサーという部品一つひとつを組合わせて、自分で実験装置を組立てたという人が多いです。今でも、物理学に詳しい人が多いですね。
でも私は、そういうバックグラウンド無しで、この分野に飛び込みました。「オームの法則さえ知っていれば大丈夫」なんて、甘い言葉に誘われて。
吉田さんは、医学部の出身ではないのですか
富山大学では、理学部の生物学科で、魚の脳からホルモンを抽出する研究をしていました。その後、金沢大学を経て、5年前に北大に来ました。
理学部では魚類などを使って電気生理学的な研究をすることが多いですが、医学部ではふつう、哺乳類、なかでもラットやマウスを使います。研究成果を、人間に対する医療に活かそうと考えるからでしょうね。
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子どもの頃からハムスターなど動物を飼っていたという吉田さん。生きものが好きで、大学の生物学科を選んだといいます。
サイクリングも大好きで、大学時代は北陸一帯を駆け巡り「マウンテンバイクマラソン in 五箇山」などのレースにも出場したそうです。一方、冬の北海道では「まずは5歳の息子と一緒にスキー教室に参加したいと思っています。」