前仲勝実さん(薬学研究院 教授)に話をうかがいます。
関節リウマチって、どんな病気なのですか
体のあちこちの関節に炎症が起きて、関節が腫れて痛む病気です。重症になると、関節が変形したり動かなくなってしまいます。人口の0.4~0.5%、30歳以上では1%の人が、この病気にかかるといわれています。女性に多く、男性の約3倍です。
むかしイギリスに留学していたとき、そこのラボの創始者がドロシー・ホジキンでした。1964年にノーベル賞を受賞した化学者です。彼女をモデルにした有名な絵画があって、そこに描かれた彼女の手は、関節リウマチを患っています。
私たちの体には、異物が入ってくると、それを認識して排除しようとする「免疫」の働きが備わっています。関節リウマチは、その免疫が過剰に反応して、自分の組織なのに壊してしまう病気、自己免疫疾患の一つと考えられています。
(今回の仕事をメインに担当した黒木喜美子さんと、前仲さん)
そのことと胎盤タンパク質が、どうつながるのでしょうか
お母さんのお腹の中にいる赤ちゃんは、お母さんにとって異物です。自分の体の中に、自分じゃない人がいるんですから。でも、実際にはなかなか巧くできていて、母と子が唯一つながっている胎盤のところにHLA-Gというタンパク質が出現して、お母さんの免疫の働きを抑えているのです。妊娠していると、臓器移植に対して寛容になるとも言われています。
私たちはこのHLA-Gの、免疫を抑える働きを、関節リウマチの治療に使おうと考えました。それも、2つのHLA-Gが、イオウ原子どうしで結合してペアになったもの(ホモ二量体)に注目しました。ペアになっていますから、いわば2つの手があるようなもので、別の物質(受容体)に2つの腕でペタッとくっついて離れにくい。なので、少ない量でも効果が高いと予想しました。実際の胎盤でも、HLA-Gの4割が、ペアとなったHLA-Gです。
(黒木さんのデスクの周り。ディズニーランドが好きだけど「幼児がいるので、なかなか行けないんですよ」と残念がる黒木さんについて、前仲さんは「女性研究者支援室のサポートを受けながら、頑張ってくれました。支援は重要ですね。」)
実験の結果は、どうでしたか
マウスにリウマチを発症させ、HLA-Gを投与して効果を確かめました。手足の腫れぐあいを0~40のスコアで表わし、日が経つにつれどう変化するか調べたのです。
HLA-Gがペアになっていない単量体を投与したとき(緑色のグラフ)は、ただの生理食塩水を投与したとき(灰色のグラフ)に比べ、半分近くまで腫れが抑えられています。でも二量体を投与すると(青色のグラフ)、ほぼ腫れが無いほどまで、抑えられています。
単量体でも10倍の量を投与したときには、二量体と同じように、ほぼ腫れが無いところまで抑えることができました。言い換えると、二量体なら少量で効果が出る、ということです。
当初、1~2週間は毎日HLA-Gを投与しなければ効かないだろうと思っていたのですが、そんなことはなく、1回投与しただけで、まだ効いている、まだ効いている、の連続でした。そのうち、測定する人が休んだり、他の実験に忙しかったりで、6週目あたりのグラフが切れています。
副作用はありませんでしたか
マウスが死んでしまうことはありませんでしたし、体重が減ることもありませんでした。体がだるくなったりすると食欲が落ちると考えられますので、体重が減らないかどうかは、マウスを使った実験で副作用の有無を判断するときに一般的に使われる指標です。マウスに「体がだるくないですか」と聞くこともできませんので。
もちろん、ヒトに用いるまでには、まだまだ多くのことを確かめなければなりません。でもHLA-Gは、ヒトの体内にもともとある物質です。それを体外でたくさん作って体に戻し、過剰な免疫反応を抑えるのですから、体に優しく、副作用も少ないと予想されます。いわゆる「バイオ医薬品」の考え方に基づいたものです。
これまで用いられてきた比較的効果の強い薬剤で炎症を抑えたあと、その薬剤の量を減らし、HLA-Gを利用した薬剤に置き換えていく、という使い方が有望です。
実際に薬として使えるのは、いつごろでしょうか
マウスでの動物実験をさらに2~3年続ける必要があります。その間に、手を組んでくれる製薬企業を見つけることができれば、実現性が高まるでしょう。そのためにも、基礎データを積み重ねていく必要があります。10年後ぐらいに臨床研究を開始できれば、と思っています。
もう一つの方向性も考えています。HLA-Gは、関節リウマチだけでなく、免疫が悪さをしているほかの病気にも効くのではないかと考え、いろいろ調べているのです。その結果、もし難治性の、治療法もない病気に効きそうだとわかれば、臨床応用までの時間が短縮される可能性があります。少しでも効果があればということで認可が早くなるからです。
(今回の仕事で実験の一部を担当した高橋愛実さん)
どうして薬学の道に進んだのですか
もともとは有機合成をやりたくて、工学部の工業化学科を卒業しました。それが、大学院生のころだったでしょうか、科学雑誌のNatureなどを読んでいて、免疫に興味を持つようになりました。X線を使って分子の構造や形状を調べるという研究をしていたのですが、タンパク質という物質の形状が、免疫という働きを通して生物個体の働きを制御していることに、面白さを感じたのです。
その延長で、いつしか薬を作りたいと思うようになりました。そして、やりたいことをやっていたら薬学部の教授になってしまったのです。なので、薬の名前は、恥ずかしながら自分の研究に関係しているものしか、よくは知りません。日々勉強です。
(関西弁をまじえた軽快な語り口の前仲さんを中心に、学生さんたちの笑い声が絶えない、明るい研究室です)
※ ※ 参考情報 ※ ※
ドロシー・ホジキンの手を描いたヘンリー・ムーアの作品がテイト(Tate)に所蔵されており、こちらで見ることができます。