一本のガラス管をガスバーナーの炎にかける。ガラス管を、左手で上側から持ち、右手で下側から支え、親指と人さし指で小気味よく回転させる。やがて炎から出すと、熱した部分だけが赤く光り、環になってあらわれる。回転させながら両手でゆっくり引っ張ると、赤い環を中心に、両端に向かって、スーッと細く、長く、伸びていく。
これは、ガラス加工における基本的作業の1つである「引伸ばし」です。こうしたガラス加工作業がおこわれている工作室が北大には3つあります。その1つが理学部6号館にある大学院理学研究院 技術部 機器・試料製作技術班 硝子(ガラス)工室(以下、硝子工室)です。硝子工室では、大学での研究・実験を支援するため、実験や観測に用いるガラス機器の製作や修理を担っています。
現在、竹内大登さんと菅野孝照さんのお二人が硝子工室を運営しています。冒頭の動画で「引伸ばし」を披露しているのが菅野さんです。今回のインタビューでは、菅野さんに硝子工室の業務内容や技術職員として働くことについて伺いました。加えて、お二人に冒頭の動画のような実際の作業工程を見せてもらいました。
【山内光貴・CoSTEP本科生/農学部4年】
特注のガラス機器の製作・修理・加工
大学で行われている実験は日々変わったり、特殊だったりし、市販されているガラス機器を加工しなければならないときがあります。硝子工室では、多種多様な実験のニーズに応えるため、特注のガラス機器の製作や修理、加工をしています。
具体的には、耐熱ガラスであるPYREX(パイレックス)ガラスや石英ガラスの管や板を材料として、ジョイントやコックなどを接続し組み合わせることや依頼者が持参した既製品にジョイントやコックを付ける二次加工が多いそうです。ちなみに冒頭の動画では、PYREXガラスの管を加工しています。
実際に製作したガラス機器は依頼元に納品されますが、見本として硝子工室内に飾られているものもあります。下記の写真はその1つで、理学部の研究室からの依頼により作成した光学セルです。
ガラス機器の製作の苦労
冒頭の動画での菅野さんの
「ガラスって熱伝導率があんまり無いんですよ。だから焼いてる部分の付近は熱いんだけど、はなれてたら全然熱くないです」
という言葉にあるように、ガラスでは加熱部と非加熱部の温度差が大きいです。そのため、加熱部と非加熱部の境界には破損の原因になる「ひずみ」が発生します。このひずみを除去するために、ガラス機器全体に約500℃の熱を一定時間加えます。これをおこなうのが電気炉です。その後さらに、ガラス機器が常温になるまで待たなければなりません。
ガラス機器製作の大変さを尋ねると、上の写真の光学セルを指して、菅野さんは次のように語ります。
「こういうのって、いっぺんに作れると思うかもしれないですけど、実はガラス管を1個つけたら電気炉に入れなきゃいけないんですよ。そうしないと、熱した箇所と冷めた箇所で引っ張りあっちゃって、ひびが入ったりしちゃうんですよ。なので、ガラス管を1個つけたら電気炉に入れて、次の日まで待って、それから電気炉から出して、また別のガラス管をつけて・・・その繰り返しなんですよ。だから、日数も金額もどうしてもかかっちゃうんですよ。」
「ですから、製作見せてほしいって言われたんですけど、基本的な部分しか見せられないんですよ」と菅野さん。基本的とはいえ、息をのむような作業の様子を存分に見せてもらいました。
実際の作業工程
作業に入ると、インタビューのときの柔和な雰囲気とはガラッと変わります。声をかけることがためらわれるほどの表情と手さばきの菅野さんです。最初に見せてもらったのが、冒頭の動画の「引伸ばし」です。
続いての作業がこちらになります。
「引伸ばし」の後に、切断したガラス管から余分なガラスをピンセットで取り除いていきます。ガラス管を吹くことによって底あげし、半球を形づくります。こちらはおなじみの試験管です。
さらにこの試験管を熱しながら、穴あけによって接合部を作ります。接合部を熱しながら2つの管をくっつけてT字管のできあがりです。
こちらの作業をしているのは竹内さんです。手で持つことが難しい太さのガラス管の場合には、ガラス加工旋盤によってガラス管を回転させ、加工していきます。動画は、フランジという出っ張った円筒形の部分を、コテによって形づくっているところです。フランジは主に接続部分になります。この後に表面を削って研磨していくそうです。
年間100個も製作したガラス機器
菅野さんは硝子工室での勤務が25年目になります。その長年の経験の中で、思い出深い製品を紹介してくれました。菅野さんが硝子工室で勤務して3年目の頃に製作した電気抵抗測定用セルです。
依頼されるセルの形が少しずつ変わっていき、様々な形のものを製作したそうです。このような形のセルを年間100個くらい製作したと菅野さんは言います。このセルを使って実験をおこなっていた先生が退官したのか今は依頼がきておらず、作り置きしていた分が残っています。
便りがないのは良い便り?
菅野さんに研究とのかかわりを感じる場面を尋ねると意外な答えが返ってきました。
「依頼者の研究が成功したって話を聞ければ、嬉しいんですけど・・・。実際言ってこないです。たまに言ってくるけどほとんどの場合言ってこないです。ダメだった時、もう一回持ってくるんで。来ないってことは、「あっ成功してんだな」って。成功してるとうちらとしては嬉しいねって感じになりますね。」
まさに「便りがないのは良い便り」というべきでしょうか。また、研究を支える思いについては
「支えているのかどうかよくわからない部分もあるんですけど。ちょっとでもいいから貢献できているのであれば、うちらとしては、ありがたいし嬉しいことですね。それを喜びとして感じて、仕事にも活気が出てきますね」
と謙虚にこたえます。
ガラスは壊れるもの
インタビュー終盤にはこんなエピソードがとび出しました。
「前にあったんですけど、作ったやつを依頼者の方に渡して、その方が部屋から出ていくときにドアにあてたのか、ガシャンっていう音が聞こえたことがあって・・・。でもその方はすぐには修理に持ってこないんですよ。しばらくしてから「すみません壊れました」って持って来ました。いや持って行くとき、壊しませんでした?って感じで(笑)。」
それでも菅野さんは
「でも、うちらは、ガラスは壊れるものだと思っているので、壊れたら持って来てください。直せるものだったら直すんで」
と力強く話してくれました。
ガラスは壊れるもの。長年の経験と精錬された技術に裏打ちされた「直せるものだったら直すんで」という言葉には、なんとも頼もしさを感じます。大学の研究活動を、ガラス機器を通じてひそかに支える職人たち。今日も「壊れました」とガラス機器を携えた人が、彼らのもとを訪れているかもしれません。