「土木のインフラって、意識してないけれどそれがなければ困るっていうものだよね。道路だったり、港湾だったり、空港だったり。それらがなければ、みんなの生活や社会経済活動に支障が出る。土木って、人のためにやることが、目立たないように陰ながらだよね。なんかそれがいいなって思ってね。」と土木を志した理由を少し恥ずかしそうに話してくれたのは、工学研究院土木工学部門地域防災学分野特任教授の今日出人(こん・ひでと)さんです。
今さんは長年北海道開発局などで河川分野の事業に携わり、洪水などの自然災害から人々の生活や環境を守ってきました。今回は、東日本大震災など多くの災害対応を経験した今さんに、防災や地域における災害時対応についてお伺いしました。
【石塚智美・CoSTEP本科生/公共政策大学院2年】
防災事業を進める難しさ
今さんは北海道開発局時代に千歳川放水路の計画 1)、国土交通省(当時:建設省)出向時代に八ッ場ダムや川辺川ダムの業務に携わりました。
千歳川放水路の計画は約20年の議論の末、中止となりました。「治水上、効果があることは皆が認める。けれど、この事業が自分たちの生活にどう影響するかって当然心配だよね。放水路の出口側に住む漁業者の反対があったんだけど、以前ホタテの養殖事業やったときに、雨が降って大量の土砂が海に流れこんだことによって、事業がうまくいかなかったことが理由としてあったんです。漁業者の人たちからすると、放水路が建設されたら洪水を持ってくるんだな、前と同じことが起きるかもしれないなって考えた。地域で生活する人の理解を得られなかったことが中止となった理由の一つでしたね。」
熊本県の球磨川で計画されていた川辺川ダムも、長く続く議論の結果中止となりましたが、2020年7月に球磨川の水害が発生してしまいました。今さんは、「ダムの方がいいとか悪いとかは別として、そこに治水対策が必要であったことは間違いない。どんな方策をとるかについてはいろんな意見があったわけだけれども、議論だけして、結果的に何も進まないうちに球磨川では大災害が発生してしまったことは本当に残念だなと思う。」と振り返ります。
防災はマイナスをゼロに近づける事業
防災対策は効果を説明して納得してもらうのが難しい。今さんはその理由について、「地下鉄、道路、空港、港湾はできればみんな効果がわかりますよね。前とは違う。よくなったねってなる。けれど、防災事業って、マイナスをゼロに近づける事業なんで、事業としてどこまで対策をとっておく必要があるかが中々分かりにくい。」と。その言葉からはこれまでの業務の中で防災事業の説明が中々伝わらず、悔しい思いをされたことを彷彿させます。
平成28年北海道豪雨のときのことを話してくれました。
「平成28年の豪雨では空知川など国が管理する河川でも破堤などの大きな被害が発生したんだけど、実は石狩川下流も札幌近辺も危なかった。昭和56年洪水以降に整備を進めてきたダム、ポンプ場、石狩放水路などの治水施設をフル稼働した結果、札幌の街中では浸水は起きなかった。でも、大災害が発生するギリギリな状態でした。関係者からすると防災対策を着々と実施してきた効果があったと分かることでも、中々市民に気付いてもらえない。陰ながらでいいんだけれどね。ただ、現在みたいに気候変動で何が起こるかわからないってなってくると、本当に今のままの治水計画だけで大丈夫かどうか分からないから、そこが心配。」
今さんは取材の中で、「土木とは陰ながら人々の生活を支えるもの」という思いを話してくれましたが、その「陰ながら」がときに効果の説明と今後の事業の必要性の理解を難しくさせることもあるようです。
災害直後の対応の難しさ
災害はいつか必ずやってきます。防災事業を進めて被害が軽減するものの、災害時の被害を復旧させるには人の手が必要となります。今さんは、平成28年の北海道豪雨のほかにも、昭和63年の留萌川・雨竜川の大水害や、有珠山の噴火、東日本大震災など多くの災害対応を経験し、そこで自治体職員や建設業者が大変な思いをされていることを目の当たりにします。
2000年に北海道洞爺湖畔に位置する有珠山が噴火した際、今さんは防災担当として政府の現地対策本部で対応しました。
「法律上、一番の責任者である市町村長さんたちが色々悩んでおられるのを見てて、こんな思いでやっているならお手伝いしたいと。市町村長からしたら経験がない中で対応方法を決定するのは大変だと思ったね。」と、市町村長が災害時に責任者として苦悩されていることを痛感したと言います。
そのような思いやこれまでの経験が現在につながり、今さんは「石狩川流域圏会議」という石狩川流域の市町村長が集まる会議のサポートもされています。
地域防災の研究へ
国土交通省を退職後、2018年に北大工学研究院地域防災学研究室の特任教授として着任しました。現在は災害発生直後の建設企業が自社業務および地域社会の復旧・振興に力を発揮できる体制づくりをしておくことを目的とする「事業継続計画(以下、BCP)」に関する研究などをされています。
「災害の時に一番初めに活躍してもらう必要があるのは地元の建設業者さんです。その人たちが動かなければ、道ががれきで埋まっていて誰も被災地に入っていけない。」と、これまでの経験から建設業者さんが地域の守り手であることを身に染みて感じていました。「でも人口減少、少子高齢化が進んでいく中、ベテランがいなくなり担い手が確保できなくなっている現状を考えると、近い将来、災害が発生した際、頼みの建設業者がひょっとしたら動けなくなる可能性もあるんじゃないかと。事業継続計画(以下、BCP)は、災害のような何か緊急なことがあったときに、どうやったらこれまでと同じような事業を続けられるかって話なんだよね。」
そこで2019年にはどのくらいの企業がBCPを作っているか、2018年の胆振東部地震のあとに北海道内のコンサルやゼネコンにアンケートを取って分析したものを論文として出しました。
北海道全体でBCPを策定している建設企業は、地域別に差があるものの平均として約5割 2)。今さんは、「BCPは、策定しただけでは災害時にうまく機能せず、まずはBCPに沿った訓練を繰り返すことによってより対応可能なものに進化させてほしい。」と策定だけでなく訓練の必要性も強いまなざしで訴えます。
地方に人が住み続けられるように
今さんが地方自治体や地方の建設企業を研究するのには、地方への思いがありました。
「ガソリンを給油するだけで何十キロも走らなきゃいけない地域も出てきている。安心して生活できる環境を維持しなければ困る地域の人たちのために、土木がどういう貢献ができるかってことは大事な話だと思うんだよ。」
人々の生活を維持するため、そして国土管理のためにも地域をどう維持するか。人々が安全で安心して住めるような状態でなければ国土を管理することはできないと今さんは言います。
「地方でも、生活できる環境があって仕事があるような国土にすることが大事なんじゃないかって。それを底辺から支えるのが土木じゃないかと思っているからさ。」
最後に、「大きな災害は専門家だけでは対応できない。日頃からいろんな分野の人たちを知っていて、有事の際にはお互いに助け合えることが必要なんで、顔の見える関係をつくっておきなさいって話しているよ。」と、災害対応には行政だけでなく民間の人も含めて多方面の力が必要という認識から、日頃からいろんな人と顔の見える関係の築くことを意識していると話してくれました。
今さんの経験や現在の研究は、地方自治体、地方の建設企業にとって、災害対応への不安を少しでも安心へと導くものになると感じました。それが、将来起こり得る自然災害時に、地域を可能な限り早急に復旧する道筋になるのだと思います。
注・参考文献
1) 千歳川の洪水時の水位を大幅に下げるため、石狩川の高い水位を水門により絶ち、千歳川の洪水を放水路により直接太平洋へ放流するという計画。
2) 今 日出人・栗田 悟・矢部 育夫・久加 朋子 2019:「道内建設業の事業継続計画(BCP)に関する現状と課題点-北海道胆振東部地震を経験して-」『土木学会論文集F6(安全問題)』75 (2).