先月のトンガ諸島付近のフンガ・トンガ-フンガハアパイ火山の噴火から3週間以上が経ちました。支援活動やメカニズム解明のための調査・研究が続けられています。
前回の記事では、火山の観測や噴火予測技術の発展などに携わっている青山裕さん(地震火山研究観測センター 教授)から、今回の噴火の概要についてお話しいただきました。やはり大きな特徴としてあげられのが、噴火による気圧の変化とそれに伴う津波についてでした。想定外を想定外にしないためにも、得られた知見をどのように活かしていけば良いのでしょうか。同センター講師の山中悠資(やまなか・ゆうすけ)さんと話しました。
【梶井宏樹・CoSTEP博士研究員】
津波は、地震や火山の噴火などをきっかけに外洋で発生した波が大きくなりながら沿岸に押し寄せる波のことかと思います。今回はどういったところが特徴的だったのでしょうか?
沖合で発生した波が岸に向かって伝播する過程で発達する基本的なメカニズムは、どのような波であっても同じです。すでに多くのニュースで報じられていますが、今回は強い「空振(くうしん)」によって沖合で波(=津波)がつくられたという点が特徴的でした。私も厳密な定義はわからないのですが、火山噴火などに伴い発生した大気の急激な圧力変化が空気振動(=圧力波)となって伝わる現象のことを空振と呼ぶようです。今回の場合、噴火による大気の圧力変動が海面を変形させたことによって沖合で津波の周期に似た比較的長い波長の波が生まれ、発達しながら沿岸に伝わってきたというのが基本的なメカニズムであろうと考えられています。つまり、大気の圧力変動に起因する津波だったということで、今回の津波は「気象津波」と呼ばれるカテゴリーに分類できると思います。現在、多くの研究者がこのキーワードを挙げながら研究を進めている段階ですが、火山噴火・山体崩壊に伴う津波も発生していましたので、それに関しても同様に研究が進められている状況かと思います。
それにしても、北海道から沖縄県にかけて津波警報や注意報が出る事態となったことは驚きました。地震による津波の場合、震源に近い海岸を中心として津波警報の領域が広がっていくことが多いですが、今回の津波警報に関しては岩手県と鹿児島県というとても離れた地域で出ましたよね。これは特に印象的でした。津波警報が発令されなかった地域の方々も、津波警報に引き上げられるのではないかと大変心配されたのではないかと思います。
津波のつくられ方と注意報や警報の出され方の2点が特徴的だったのですね。前者についてもう少し伺えればと思います。大気が震えることでそれほど大きな波ができたことに対して、「プラウドマン共鳴」という用語を用いた説明が見られます。
今回の火山噴火に伴う圧力変動の影響で、沖合のいたるところで微小な波はできていたと思います。しかし、ものすごく小さい波が沖合でできたとしても、岸にやってくる波はもちろんそこまで大きくなりません。逆に考えると、岸で比較的大きな波が観測されたのであれば、沖合のどこかで大きくはなくとも少なくとも微小でない波ができていた方が岸で観測された波の大きさを説明しやすくなります。その沖合で波が大きくなったことを説明できるメカニズムの一つとしてあげられているのが「プラウドマン共鳴」です。大気の圧力変動が伝わる速さと、それによってつくられた海の波が同じくらいの速さで伝わっているとき、その波がより発達する現象のことを指します。
音と同じくらいの速さで伝わったという大気の圧力変動と共鳴を起こしたということは、波の移動速度が速くなるような水深が深いところで、少し大きな波ができたという説明になるのでしょうか。
そうですね。日本に影響した気象津波に関しては、現段階では日本周辺の水深が比較的深いところのどこかで微小でない波ができて、それが岸まで伝わったものかと想像しています。私が気になっているのは、どこでその津波がつくられたのかという点です。日本周辺は海溝も多く、数千メートル級の深さのところがありますので、そのような領域も候補の一つになります。そういった場所を特定することは、より精度の高い予測につながりますので、次回同じようなことが起こった時にも有用な情報になると考えられます。
ただし、現段階では、プラウドマン共鳴はあくまでも観測された事実をうまく説明できる可能性がある現象の候補の1つと考えるほうが良いと思います。日本沿岸で観測された津波は数十センチメートルから最大1メートルを越えるような大きさでした。私個人の感覚としては、報告されているくらいの圧力変動下でプラウドマン共鳴が発生していたとしても、それだけですべての沿岸域で観測された大きさまで津波が発達するかどうかといわれると少し難しいのではないかと考えています。プラウドマン共鳴が多かれ少なかれ今回の津波に関係していたことはおそらくそうだろうとは思いますが、他のいろいろな要因も複雑に関連していると考えられます。
これから精査していくことが大切ですね。続いて、今回大きくずれてしまった津波の到達予想時間について伺えればと思います。
津波の伝わる速さはほぼ海の深さで決まります。海の深さはある程度の空間密度ですでにわかっているので、津波が発生した時刻・場所と津波の到達時刻を予測したい場所が決まれば、かなり高精度にその到達時刻を予測できます。もちろん、津波のつくられ方が変わると伝わる速さも多少変わります。例えば、山体崩壊による津波だと波長が短い(=伝わる速さが遅くなる)ことが多いので、予測した時刻よりも津波の到達が遅くなることもあります。しかし、津波の発生時刻・場所がわかっているという前提においては、少なくとも予測よりも津波の到達が大幅に早くなることはありません。津波が到達予想時刻よりも大幅に早く到達するという事態はあまり考えられていなかったわけです。今回の場合で言えば、沖合で波をつくりだした大気の圧力変動が津波よりも早い速度で伝わってきたために、予測よりも大幅に早く沿岸域に津波が影響し始めたのでいろいろと問題になったのだと思います。
予報システムのメカニズムとしてあまり想定されていなかったような現象だったということでしょうか。
そうですね。現段階で完璧なものは世の中に何一つありません。何度も改善を重ねて、今の予報システムの形があります。「今回また改善点が見つかったのだから、次に備えてがんばって改善や研究をしてください」と、みなさんから応援していただけると実務にあたる方や私を含めた津波研究者の励みになると思います。
最後に、今回の経験も踏まえて、津波に対して私たちはどういった意識で臨んだ方が良いとお考えですか?
注意報や警報が出たら、できるだけすぐに逃げてほしいというのが素直な意見です。リアルタイムでどれくらいのところまで津波がやってきて、どれくらいの範囲が浸水してということを高精度に予測するのはまだまだ難しいところがあり、不確実なことも多いです。そういった予測技術の開発や高度化ももちろん進んでいますが検証点や解決すべき問題も多くあると思います。
津波予報が仮に外れたとしても、避難した方には「次はもう避難するのをやめよう」ではなく「何事もなくて良かった。次もまたちゃんと避難しよう。」と考えていただけるのが理想的な状況です。一方で、津波予報が外れたり、あるいは予報としては適切でも現地住民の方が津波は大したことはなかったと感じてしまうと、「注意報や警報は出ているけど逃げなくて良い」という心理状態にどうしてもなってしまいます。本当に悩ましい問題です。
予報システム等の改善を続けていくことはもちろん大切ですが、完璧はありえない科学の情報を私たちがどう捉え、それを元にどう行動するかということの重要さについても改めて考えさせられました。今回の件の情報整理や今後に向けてのお考え、ありがとうございました。
追記(2022年2月8日16:00)
本日、気象庁から、有識者による今回の潮位変化のメカニズム等の分析・情報発信のあり方の検討に関する情報が公表されました。詳しくはこちらの気象庁のページよりご確認いただけます。