⽇常で使うガスコンロやガスストーブの炎、ちょっと癒されたいときのろうそくの炎、これからの季節にぴったりのバーベキューグリルの炎―― ボウッとついてはゆらゆら揺らめく炎は、ついつい無心で眺めたくなるもの。実は、ぼーっとしていると見逃してしまう一瞬の姿にこそ、燃焼の研究を進めるためのヒントが詰まっています。ハイスピードカメラでその姿を捉えて観察し、物が燃えるメカニズムの詳細に迫るのは、大学院工学研究院 教授の藤田修さん。奥深き燃焼の世界についてお話しいただきました。
【梶井宏樹・CoSTEP博士研究員】
まず、藤田さんの研究についてお願いします。
無重力での燃焼現象の理解、宇宙船の中の火災安全、アルコールやアンモニアといった代替燃料の燃焼特性の理解といったテーマに、実験による観察から取り組んでいます。例えばこの写真は、無重力条件でのロウソクの燃焼を撮影したものです。砂川市に20年ほど前まであった世界一の落下実験施設で撮影しました。オレンジ色に輝く内炎とその周りを薄く囲う青色の外炎のコントラストが美しいとても魅力的な一枚です。
ものを燃やしたときにはいろいろな現象が起こりますが、実はまだまだわからないことばかりです。それらがなぜ起こるのかを明らかにしたいというのが一番の思いとしてあります。
その「わからない」を考えるために、肉眼での直接的な観察では見逃してしまう炎の一瞬の姿を高速度撮影で捉えることが大切なのですね。それにしても実に魅力的な写真です。
実験による現象の丁寧な観察は、メカニズムを明らかにするために重要です。しっかりと条件定めて、その中で起こる一瞬一瞬の現象を映像として捉え、それを何回も何回も繰り返し見て、いろいろと考えてはまた見直して……そうする中で思いついた仮説を検証するような、また別の実験を設計していくというのが私自身の手法です。最終的には、研究室で共同研究をしている先生方が得意とするシミュレーションの結果を合わせるなどして論文として外に出します。
例えば、火力発電所の燃焼効率や安全性の向上には、燃焼室と呼ばれる気体状態の燃料が燃える部分での炎の不安定性が問題となります。炎の瞬間の姿を捉えて、何が起こっているのかに迫ることで解決への糸口が見つかります。これは化石燃料を用いる場合に限らず、炭素を含まない代替燃料を用いる場合も同様です。
燃焼に対して、「物質が酸素と結びつくときに熱や光を出す現象」という一般的な説明だけで終わらせるにはもったいない奥深さを感じます。
燃焼を学術的に説明すると、「化学反応を伴う熱と物質の移動現象」ということができます。燃料と酸素の化学反応によって熱や流れが生まれ、熱や流れによって化学反応も影響を受けるといった具合に、化学反応と物理現象が極めて複雑な相互作用を織りなしています。これがとてもユニークであり、現象の理解を難しくしている点でもあります。熱の移動の理解には熱力学、燃料や空気の流れの理解には流体力学が欠かせません。それらだけでもう十分難しいのですが、加えて化学反応の理解が必要となって、それはもう、理論だけでは全部わからないような世界です。「きっとこうなるだろう」と予想して撮った写真をいざみると、「なんじゃこりゃ〜!(笑)」となる思いもよらない結果がでてきます。
サイエンスとして、やればやるほど面白いことが出てきて、それが研究者を飽きさせない。そういうところが燃焼研究の魅力ですね。また、社会にとって欠かせない技術でもあるので、科学的な好奇心を追求していくことが技術的な応用につながりやすいことも嬉しいです。
燃焼は身近ないたるところで見られる現象ですが、実はまだまだわかっていないことも多いことに驚きました。やりがいのある研究分野ですね。ところで、なぜ燃焼の研究を始めようと思ったのですか?
高校生の時から、漠然とではありますが、エネルギー問題に貢献するような研究に携わりたいと考えていました。滝川のあたりで育ったことや当時の日本の教育、社会情勢が影響したかはわかりませんが、はじめは炭鉱などの資源開発に興味があったのです。ところが、北大でいろいろと学んでみたら、自分の興味はガスタービンといったエネルギー設備にあることにだんだん気がついてきました。資源を掘り出してエネルギーを社会に供給するというのは、本質的には持続性のないものです。燃料として使えるものを少しでも無駄なく、きれいに使う方法を見つけることで、社会への影響が最小限になる形で必要なエネルギーを届けるという考え方が、自分のセンスに合っていたのだと思います。最終的なきっかけは研究室選択の時の燃焼工学研究室との出会いでした。「これは自分のイメージ通りだ」と感じて、迷うことなく燃焼の世界に入りました。
SDGsが広まっている現在は、持続可能性に関する議論はどこか当たり前のようにも感じます。40年も前からその視点で取り組まれていたことはすごいですね。
今はそういった考え方が本当に当たり前になりましたね。ただ、多くの日本人がもともとSDGsのセンスを持っていたと私は考えています。水を大事に使うとか、節約するとか、再利用するとか…… 日本の人にはそういう感覚がすごくありますよね。この文化的な背景も影響していたからか、私は当時でも特に先端的なことやっているつもりはありませんでした。「世界の人がエネルギーに困らずにずっと生きていくことを実現するにはどうすればいいか?」という大きなテーマに関する社会的な議論もすでにあった時代でしたし。違いがあるとすれば、当時は二酸化炭素ではなく、エネルギー資源枯渇の話が中心だったことでしょうか。「限界や制限のあるものに対してどうやって持続的な社会をつくっていくか」「世の中の人がエネルギー供給で困らないようにするにはどうすれば良いのか」といういまだ答えの見つからない問いに、引き続き取り組んでいきたいと思います。
ありがとうございました。
歴史を振り返ると、ものが燃える現象である「燃焼」の理解の進展は、人間や人間社会に変化を起こしてきました。炎を使った加熱調理による人類の骨格や内臓の変化、各種エンジンの発明による移動手段や移動範囲の変化などは代表例です。一方で、化石燃料などの炭素を含む燃料の使用には二酸化炭素の排出が伴い、現在は総排出量の9割以上に燃焼技術が関わっているともいわれているほどです。カーボンニュートラルやゼロカーボンの時代を目指す今は、私たちと燃焼の関係について見つめ直す大切なタイミングかもしれません。
そこで、北海道大学CoSTEPは今回お話しいただいた藤田さんがゲストとして参加する、サイエンスカフェを開催します。3年ぶりの対面開催ですので、ぜひご参加ください。
第123回サイエンス・カフェ札幌「ボウッとしてんじゃねーよ!〜ハイスピードカメラが捉える燃焼の世界〜」
- 日 程:2022年6月19日(日)14時30分~16時00分
- 場 所: 紀伊国屋書店札幌本店 1F インナーガーデン
- ゲ ス ト: 藤田修さん(北海道大学 大学院工学研究院 教授)
- 主 催: 北海道大学 科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)
- 対 象: どなたでも
- 人 数: 30名
- 参 加 費:無料
- 言 語 : 日本語のみ
- 申込方法: WEBによる事前申込制(先着)。6月3日13時より、こちらのページからお申込みいただけます。
- そ の 他:当日の様子は、後日CoSTEPのYouTubeチャンネル公開予定です。