突然ですが、好きなおやつはなんですか? 私は昨日も今日も、そして明日もおそらくかかさず食べるほどチョコがすきです。チョコの原料となるカカオは主に熱帯地域で栽培され、私たちの手元には加工された状態で届きます。では、美味しいチョコを食べるためにはどのようなカカオ栽培が条件となるのでしょうか?私の研究では、カカオのクオリティーを決定する「土」とそこに住む「微生物」に着目して、未開のカカオ農園の謎を解き明かそうとしています。
【石毛奈央・国際食資源学院修士1年】
土とわたし
1年に1度のビッグイベント、バレンタインを思い出してみてください。街に出ればチョコレートの匂いがするあの時期に、遠い国からはるばる運ばれてきた原料のカカオ豆に私はいつもある一つの国に思いを馳せます。南米の赤道直下に位置する「エクアドル」(図1★)は、世界5位のカカオ生産国ですが、私はそこで生まれました。生まれてから3年間過ごしたことがあり、帰国後も幼い頃から食べ物を通して現地とつながっているような気分になりました。スーパーでバナナやチョコレートを見つけるたびに嬉しかったことを覚えています。親戚で農家はいませんでしたが、このことがきっかけで農業に興味をもち、現在は「農業のきほんのき」、といわれる「土」とそこに住む「微生物」が私の研究のパートナーです。
カカオが育つ場所
農作物は気温、湿度、土の性質など様々な環境要因がそろわなければ栽培できませんが、カカオ豆は特に条件が厳しいといわれています。平均気温が27度以上、高温多湿な熱帯ならではの気候がキーポイントとなっており、赤道を挟んで緯度がわずか20度の範囲内の「カカオベルト」と呼ばれる地域に限定されています。
南米では、カカオのプランテーションは「アマゾンの土地利用の変化」、として環境問題で取り上げられることがあります。しかし、実際に森林から農地に土地利用が変化したとき、何に影響を与えるのでしょうか?実は、植物だけでなく、土の栄養素、それを利用する微生物がどのように変化するのか、まだあまり分かっていない点が多くあります。私の研究では「環境問題」として取り上げられていることを、科学的に評価するところが見どころだといえるでしょう。
森と土づくり
カカオの樹は多くが少しひらけた森の中にありますが、日本で一般的な畑とは異なり、”農業(アグリカルチャー)”と”林業(フォレストリー)”を組み合わせた”アグロフォレストリー1)”という作物生産方法が一般的です(図2)。そこでは、カカオは直射日光に弱いため影を作り出すその他の樹木の存在も重要となります。それが、「シェードツリー」と呼ばれる樹です2)。少し背丈が高いことで日よけ、風よけとしての機能ももつうえに、土に栄養分を供給する役割も持ちます。
ここで、シェードツリーと土の少し深い関係に注目します。シェードツリーにはマメ科の植物を利用しますが、実は空気中の窒素を変換して土に固定する機能があり、「窒素固定」といいます。土の微生物はこうした植物によって固定された窒素を消費して植物が利用可能な栄養分を作り出しています。通常、農業を行う上では生産量を安定して確保するため肥料を使います。3大肥料の栄養素といえば、窒素・リン・カリウムです。語呂がいいのですぐに覚えられますね。窒素・リン・カリウム。
アグロフォレストリーではシェードツリーの存在によって土壌中に窒素を供給できてしまうため、肥料を最小量に抑える最強の土壌改良生産方法、ということもできます。
カカオ豆と環境問題
ここで、もう少し詳しく肥料に注目してみましょう。合成窒素肥料(化学肥料)の使用量の増加は作物生産を劇的に変化させ、爆発的な食料生産の増加を可能にさせました。一方で、大量の化学肥料の使用は地球環境も同時に変化させてしまったといわれています。例えば、土壌中の過剰な窒素が地下水や川に流れ出し、富栄養化3)を引き起こす、といった影響が起きているのです。以下の図3はプラネタリーバウンダリー4)、という地球が存在し続けるための限界ラインを示した円グラフです。緑のラインは「安全」、黄色が「危険」、オレンジが「限界オーバー」を示しており、赤枠で囲った窒素の利用に関しては既に取り返しがつかないほど環境に悪影響を与えたといえます。
そこで、カカオ農園内のシェードツリーは環境に低負荷な農業のアプローチとして、森を形成する「樹木」である、ことが窒素の新しい利用方法として注目されています。農地利用の拡大によってアマゾンの森林が失われつつある、という課題があげられる一方で、逆に森林を利用した南米の作物生産の可能性にわくわくしませんか?
カカオと微生物
さて、ここまでカカオ豆が育つ条件、環境に目を向けてきましたが、実はもう一つ重要なことがわかっていません。それは、「土と微生物との関係性」です。シェードツリーとカカオの樹木はお互いの根の周辺(根圏)の微生物を共有、または競争させることによって栄養素を取得していると考えられています。また、カカオ農園で肥料を使用しなかった場合と使用した場合でも土壌微生物の構成(どんな種類がどのくらいの割合で存在するか)には大きな違いが生じます。例えば、極限状態でも生きていることが出来る古細菌、という種類の微生物が多いと、あまり土の中に栄養が無くても植物に栄養を供給することが出来ます。また、先ほど紹介した「窒素固定」が得意な微生物が多ければ、カカオ農園内に少量しか肥料を蒔かなくても栽培することが出来る可能性もあります。すなわち、土壌微生物には「土の健康」を決定し、植物にとって栄養を吸収しやすい環境を作る力があるといえるのです。一般的に、有機農業を実践するために肥料や農薬を散布しないと収量は減少すると言われています。しかし、土地利用の変化を土壌微生物を通して生態学的に理解することで、カカオの生産量を維持したまま適切な有機農業を行うことができます。
図4は土地利用の変化が、土壌微生物の構成、種類が変化する可能性を示唆しています。原生林では多様な種の植物、樹木が存在するため土壌微生物も多様性が豊かであることが予想されます。一方で、カカオ農園では、基本的にカカオの木が優占するため、土壌微生物の構成が単一的になることもあるかもしれません。
私は、今年の夏にこれらの秘密を探るべく南米エクアドルに調査に行き、カカオ豆の品質、さらにはチョコレートの未来が明るくなるような微生物の世界を探ってくる予定です。土の生態を解き明かすことで、カカオの質、さらにはチョコレートの質を高め、美味しいおやつを楽しみたいです。
参考文献:
- アグロフォレストリー:日本では森林農業、複合農業とも言われており自然に近い状態で林業用の樹木を栽培しながら農業を行う手法。バナナ、胡椒、ゴムの木などの栽培もあげられる。
- Schmidt, J. E., Firl, A., Hamran, H., Imaniar, N. I., Crow, T. M., & Forbes, S. J. (2022). Impacts of Shade Trees on the Adjacent Cacao Rhizosphere in a Young Diversified Agroforestry System. Agronomy, 12(1).
- 富栄養化:河川や湖に過剰に窒素・リンが増えた状態。植物プランクトンの増殖によって生態系のバランスが崩れてしまう。
- プラネタリー・バウンダリー:ストックホルム・レジリエンス・センターの研究員らによって提唱された「地球の限界」を示す概念
- デイビット・モンゴメリー(2018)土・牛・微生物ー文明の衰退を食い止める土の話ー 築地書館
この記事は、石毛奈央さん(国際食資源学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
石毛奈央さんの所属研究室はこちら
国際食資源学専攻 環境生命地球化学研究室(内田義崇准教授)