ノーベル賞ウィークの初日、10月3日にノーベル生理学・医学賞の発表が行われました。今回授与されたのは、ドイツのマックスプランク進化人類学研究所教授で、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の客員教授を務めるスバンテ・ペーボ博士です。授与理由は、“discoveries concerning the genomes of extinct hominins and human evolution”「絶滅した古代人類のゲノムと人類進化に関する発見」です。
本受賞について、北海道大学で人類の進化について研究する長田直樹さん(情報科学研究院 准教授)に話を聞きました。
ペーボ博士の「人類進化に関する発見」とは何でしょうか。
ペーボ博士は数千年前~数万年前の古代試料からDNAを抽出し、過去の人類がどのような遺伝情報をもっていたのかを研究する古代ゲノム解析のパイオニアです。
現生人類(ホモ・サピエンス)よりも先にアフリカを出てユーラシア大陸に進出したネアンデルタール人と呼ばれる古人類集団が、遅れてやってきた現生人類と交雑し、そのゲノムの痕跡を現代人に残していたことは人類学史上とても大きな発見だといえるでしょう。また、デニソワ人と呼ばれるさらに異なった種類の古人類集団が、過去にはかなり広い地域に住んでおり、わたしたちがそのゲノムを受け継いでいるということが古代ゲノム解析の結果から明らかにされています。
このような人類学の研究がノーベル生理学・医学賞を受賞するのは珍しいのでしょうか。
ペーボ博士はネアンデルタール人やデニソワ人の研究以外にも、ヒトとチンパンジーの脳ではたらく遺伝子の違いに関する研究など、さまざまな視点から人類進化に関する問題に取り組んでいました。まさにノーベル賞級の発見を数多く行っていたのですが、通常、このような一見役に立たない研究はノーベル生理学・医学賞の対象とはなりません。一昨年・昨年と、ネアンデルタール人から受けついたゲノムの一部がCOVID19の重篤化に関わるという更なる発見があったことが受賞を後押ししたのだと思います。このように一見役に立たない研究のようであっても、将来的に医学等に貢献できる可能性もあることを示したという面からも、意義のある受賞だったのではないかと思います。
今後、人類学の分野はどのように発展していくことが期待できますか?。
ペーボ博士らの研究グループは非常に多くの困難を乗り越えて研究を進めてきました。お金の無駄遣いだとの批判も耳にしたことがあります。しかし、そのおかげで古代ゲノム解析が身近なものになり、例えば、日本における縄文人のゲノム解析にもその成果が強く生かされています。日本列島には世界に誇る数の遺跡があり、多くの古代試料が存在します。これらの試料は今後、人類の進化を語る上で重要な役割を果たすことが期待されます。また、ペーボ博士が古代ゲノム以外にも進めていた「ヒト化」遺伝子の研究においても、脳オルガノイド作製などの技術的な革新が進められています。これらの技術発展とともに、更に多くのことが明らかにされ、「人はなぜ人なのか」という問いに対する答えに近づくことができるのではないでしょうか。
「人はなぜ人なのか。どこから来て、どこへ行くのか―」哲学的ともいえる根本的な疑問。全ての学問の根源のようにも思えます。今後、発展するテクノロジーとの組み合わせで、想像もできない人類についての新たな知見が発表されるかもしれません。長田さん、お話をありがとうございました!
【大内田美沙紀・北海道大学CoSTEP】
長田さんが登壇した第125回サイエンス・カフェ札幌の活動報告はこちら。