死んだクジラやイルカが打ち上がっているというニュースを新聞やテレビなどで見たことはありますか?日本では年間約300件、北海道では年間約60件のクジラやイルカの死亡報告があります。水産科学研究院 教授の松石隆さん、学術研究員の松田純佳さんたちは「ストランディングネットワーク北海道(SNH)」を設立して、海岸に漂着したり、網にかかったりしたクジラやイルカの情報を集めています。
【古澤 正三・北海道大学CoSTEP】
ストランディングとは
クジラやイルカなどが漂着・座礁・混獲・迷入することを、寄鯨(よりくじら)またはストランディングといいます。漂着とは沖で死んだ個体の死体が打ち上がること、座礁とは生きたまま浜辺に打ち上がってしまうこと、混獲とは漁師さんの網に誤って入ってしまうこと、迷入とは漁港や河川に迷い込んでしまうことをいいます。このようなストランディングは、イルカやクジラの研究で重要な役割を果たしています。
イルカ・クジラの調査方法
イルカやクジラのことを調べるには主に生きたクジラを捕獲して船の上で解剖する「捕獲調査」、海を泳いでいる鯨類を船の上から観察する「目視調査」、漂着したクジラやイルカを解剖する「寄鯨調査(ストランディング調査)」という3つの方法があります
捕獲調査は船に乗ってクジラのいる海へ行き、捕獲して調べる方法です。あらかじめ国際捕鯨委員会の許可を得て行う調査で、許可を得たクジラを捕獲して解剖します。年齢、性別、食べた物などさまざまな情報を得ることができます。
目視調査は船の上からイルカやクジラの様子を観察する方法です。イルカやクジラの分布や群れの大きさ、行動などを調べることができますが、成熟しているか、何を食べているか、病気や寄生虫はいるかは調べられません。それぞれの個体を詳細に調べることはできませんが、海域の個体数の増減を推測できる重要な調査です。
ストランディング調査では死んだイルカやクジラを解剖して何を食べていたか、死因は何だったかを調べることができ、骨格標本として博物館に収蔵されることもあります。また捕獲できないめずらしいイルカやクジラが漂着することもあります。打ち上がったイルカやクジラは各市町村によってゴミとして扱われ、腐ると匂いも酷いため迷惑がられることもあります。しかし何らかの理由で死んでしまったイルカやクジラにはたくさんの貴重な情報が含まれています。イルカやクジラの生態を知るだけでなく、海や環境についても知ることができるため、ストランディング調査はさまざまな学術分野においてとても重要です。
調査方法を比較してみると、死因を探るなど詳しい研究を行うためにはストランディング調査が欠かせないことがわかります。
イルカやクジラの研究を支えるストランディングネットワーク北海道
松石さんたちSNHは打ち上げられたイルカやクジラの通報を受けるとすぐに出動します。2020年にはSNH創立以来第2位の95件の通報があったそうです。広い北海道をカバーするのは大変そうです。通報を受けて現場に着いたら写真撮影。そして体のいろいろな部位の長さを測ったり状態をチェックします。持って帰れるイルカ類は全身を回収して大学まで運び解剖します。大きくて動かすことが難しい場合は現場で解剖します。解剖が終わるとクタクタになるそうです。このようにして集められたサンプルやデータがイルカやクジラの研究に活用されています。驚くことにSNH標本を使った学術論文42本、博士学位論文6本、学会発表は117題にのぼり、テーマもクジラの食性、クリックス(餌を探したりまわりの様子を知ったりするために出す音)、寄生虫、イルカの成長、成熟と食性など多岐にわたります。
北海道の沿岸でイルカやクジラなどの死体を見つけたら「北海道いるか・くじら110番」に連絡をしてください。みなさんからの情報が研究に役立ったり、新種の発見につながることもあるかもしれません。SNKのホームページ(https://kujira110.com/)には詳しい活動内容や北海道の沿岸にどんなクジラが打ち上がったかの情報も掲載されています。ご興味のある方はぜひご覧ください。
北海道大学CoSTEPは松石さん、松田さんがゲストとして参加する、サイエンスカフェを開催します。鯨類研究を支えるストランディングネットワーク北海道の活動から人間と海との関係、海洋生態系と人間の共存について考えてみませんか。ぜひご参加ください。
北海道いるか・くじら110番~鯨類研究を支えるストランディング~
- 日 時:2022年11月20日(日) 14:30~16:00(開場14:00)
- 場 所:紀伊國屋書店札幌本店 1F インナーガーデン 北海道札幌市中央区北5条西5-7 sapporo55 1F(011-231-2131)
- ゲスト:
◎松石 隆さん 特定非営利活動法人ストランディングネットワーク北海道理事長。北海道大学水産科学研究院教授。博士(農学)。北海道大学鯨類研究会顧問。東京生まれ。東京大学教養学部卒。大学院は東京大学海洋研究所に配属。1993年北海道大に赴任。専門は水産資源学。学生時代には鯨類目視調査船に長期乗船。著書に「水産資源学」、「出動!イルカ・クジラ110番」(いずれも海文堂出版)などがある。フルート演奏はプロ並み。
◎松田 純佳さん 特定非営利活動法人ストランディングネットワーク北海道副理事長。北海道大学水産科学研究院学術研究員。1988年京都府生まれ。2017年9月に北海道大学大学院博士課程を修了。博士(水産科学)。第8回日本学術振興会育志賞を受賞。東京大学での特任研究員を経て、2018年からは北海道大学においてストランディングした鯨類の調査研究を続ける。著書に「クジラのおなかに入ったら」(ナツメ社)。ジグソーパズル好き。最近は初めての育児に奮闘中。 - 定 員:30名(中高校生以上)
- 参 加:無料、WEBによる事前申込制 申込はこちら
- 主 催:北海道大学 大学院教育推進機構 オープンエデュケーションセンター 科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)
参考文献:
- 松石隆. 出動!イルカ・クジラ110番~海岸線3066kmから視えた寄鯨の科学~. 海文堂出版, 2018.
- 松田純佳. クジラのおなかに入ったら. ナツメ社, 2021.