北海道では近年、市街地においてもヒグマの目撃情報が相次ぎ、人的被害も発生しています。一方で、日本には北海道にしかいないヒグマは、北海道を代表する野生動物としてシンボル的存在です。北海道ではヒグマを保護しつつ、人間社会との軋轢を減らすために頭数や生息地を管理しなければならない、という難しい問題に直面しています。クマの生態を生理学の観点から研究する北海道大学大学院獣医学研究院 教授の坪田敏男(つぼた・としお)さんに、その取り組みについてうかがいました。
絶滅危惧種から厄介者へ
春になると、北海道ではヒグマが市街地で目撃されたというニュースが頻繁に流れます。2023年5月には、朱鞠内湖で釣り人がヒグマに襲われるという痛ましい事件がおきました。ヒグマによる事件が増加する背景には、ヒグマの頭数の増加が一つの要因です(図1)。
坪田さんは、ヒグマの頭数が1990年を境に増加している理由として、「春グマ駆除」制度の撤廃があると語ります。「春グマ駆除」制度は、1966年より北海道が始めたヒグマの駆除政策で、駆除が容易な早春期にクマを捕獲する活動です。ただ、札幌市を含む石狩西部地域では一時期絶滅の恐れがあるほどまで頭数が減ったことから、1990年にこの制度は廃止されました。
元々クマの繁殖を研究している坪田さんは、クマはそんなに繁殖力の高い動物ではないと指摘します。通常、メスのヒグマは4~6歳で出産を開始し、1度に1~3頭の子を産むそうです。ただ毎年子グマ生むわけではなく、出産間隔は2~3年あきます。このように繁殖力の高くないクマを効率的に駆除してしまうと、一気に頭数を減らしてしまう危険性があります。そのため、クマの頭数を適度に管理する施策がいま求められています。
人を恐れない新世代クマ
「春グマ駆除」制度の撤廃は、ヒグマの頭数の増加をもたらしただけでなく、ヒグマと人間との距離感にも変化をもたらしたのではないか、と坪田さんは考えています。これまで人が山に入りヒグマを駆除することによって、ヒグマは人を恐ろしい存在だと記憶していました。しかしそのような活動が途絶えたため、人の存在を知らない、もしくは恐れないヒグマが増えてきました。このようなヒグマは「新世代クマ」とも称され、これまでのヒグマの生態とはまた違った対策が必要となるかもしれない、と坪田さんは語ります。
世界的に見てクマは絶滅危惧種
クマを保護しながらも、人的被害や農業被害を出さないように管理していく、これは一見矛盾するようですが、根本的な課題は同じです。クマの個体数を適切に維持するためには、クマの生態や生理を正しく理解し管理することが必要不可欠です。クマに対する科学的知見を活かすことによって、クマを刺激しないで人里への出現を減らすことができるかもしれません。
実際に本州のツキノワグマでは、専門家による科学的知見に基づいた管理計画が策定、実施されています。島根県では、ツキノワグマ対策指導員という専門職員を配置し、クマを人里に呼び込む原因の特定や地域住民への普及活動を行っています。北海道でも、専門家による適切な管理が必要と、坪田さんは考えています。
北海道ではヒグマの個体数の増加が問題になっているものの、世界を見渡すと、マレーグマやホッキョクグマなど絶滅の恐れがある種も多く、大型哺乳類であるクマは環境の変化に影響を受けやすい動物でもあります。私たちの身近に大型のクマが野生で生息していること、それ自体が感動的だ、と坪田さんは語ります。野生のヒグマが北海道で自然に生息できる環境を整えるため、人間は知恵を絞って保護と管理の両立という難問に取り組んでいく必要があるのです。
6月25日には、坪田さんをゲストにお招きし、これまでのクマの研究を紹介してもらうサイエンス・カフェ札幌を開催します。意外に知らないクマの繁殖や冬眠の仕組みについて深堀りしていきます。ぜひ、ご参加ください。
【タイトル】 第129回サイエンス・カフェ札幌「面白くて眠れないくまの話〜繁殖と冬眠の生理学〜」
【日 時】 2023年6月25日(日)13:30~15:00(開場13:00)
【場 所】 北海道大学総合博物館 1F「知の交流」
【定 員】 30名(事前申込なし)
【参加方法】 無料
【詳 細】 https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/event/27491