六月十五日の日曜日。
七帝戦までちょうど一ヶ月となったその日、私は十一時すぎに起き、アパートからキャンパスの南端にあるクラ館まで歩いた。北大生はクラーク会館のことをクラ館と縮めて呼んでいた。練習でくたくたに疲れていた。ときに息抜きしないとやってられなかった。
北大キャンパスに入ると、楡の巨木たちが初夏の風に揺られていた。入学した頃のあの雪の匂いは消え、風は緑の匂いがした。梅雨のない北海道は、この季節がいちばん気持ちがいいと先輩たちはみんな言っていた。
増田俊也『七帝柔道記』初出2008-2010(角川書店2013, pp207-208)
「物語の中の北大」第3回は北大柔道部を描いた『七帝柔道記』。ひたすら苦しい練習に明け暮れ、それでも勝てない高専柔道に打ち込む部員たちの物語です。主人公の増田は著者自身であり、本書は自伝的小説になっています。
さて、今回引用した一節。彼は北21条西6丁目の西村アパートに住んでいるため、北18条門からキャンパスに入ってメインストリートを南下し、クラ館に向かったと思われます。写真は理学部本館(現・総合博物館)そばのエルムです。本書では爽やかなキャンパスも描写されていますが、もうもうと湯気立ち込める道場、寝技で締め上げられる1年生たちのうめき声、といった情景が読みどころ。それはまたいつかお伝えしたいと思います。
ちなみに6月15日が日曜日なのは1986年で、著者が入学したのもまさにその年。一ヵ月後に第35回七帝戦が京都大学主管で開催されました。今年の第62回は東京大学が主管。柔道は7月8日と9日に講道館で開催されます。昨年度は北大が優勝しています。連覇に向け、今も増田たちの後輩が七帝戦にむけて地獄のような練習をしているに違いありません。