CoSTEPとダイバーシティ・インクルージョン推進本部の連携企画、ロールモデルインタビューFIKA。
FIKAとは、スウェーデン語で甘いものと一緒にコーヒーを飲むこと。
キャリアや進む道に悩んだり考えたりしている方に、おやつを食べてコーヒーでも飲みながらこの記事を読んでいただけたら、という思いを込めています。
第五弾は薬学研究院の小川美香子さん。
小川さんは大学時代、研究者を目指していたわけではありませんでしたが、ステップ、ステップで周りの声に耳を傾けながら自分のやってみたいことを選んでいくうちに研究者としてのキャリアを進んでいったと言います。
【森沙耶・いいね!Hokudai特派員 + ダイバーシティ・インクルージョン推進本部】
英語が苦手で進んだ理系の道
高校時代、英語が苦手という理由で理系に進んだ小川さん。興味のあった理学や宇宙工学の分野への進学も考えていましたが「当時は女性が一人で生きていくには安定した仕事に就くことが必要とされていて、独り立ちしたいと思い、薬剤師の資格が取れる薬学部を選びました」と話します。
「自由な校風が自分には合うのではー」と思い、実家のある名古屋を離れ、京都大学の薬学部へ進学します。その後、修士課程に進み修了後の進路を考えていたちょうどその頃、教授から「博士課程に進学して研究を続けてはどうか」と勧められます。母親に相談したところ「博士課程に進学したらお嫁に行けなくなるんじゃないの」と言われ、博士課程には進学しないことにします。
小川さんはこのときのことを「そういう時代でしたし、母の言うことを強く否定もできなかったのは、女性が学歴をつけると結婚できなくなると自分でも無意識に思い込んでいたからなんですよね」と振り返ります。小川さんは博士課程には進みませんでしたが、研究は続けていきたかったため研究所への就職を選びます。
研究留学で感じた自由の風と充実した研究支援体制
やはり研究することは面白かったので、ポストを得ながらいくつかの研究所で、黙々とデータを出し、それを論文にまとめ、学会発表を行い、研究者としての道を歩んでいきました。そして、次第にもっと新しいこと、もっと違うことを学びたいという気持ちが出てきたそうです。また、「博士号を取得していないことは信用度がこんなにも違うんだ」と思い知らされることや「女性だからアシスタント的な仕事がまわってくるのかな」と思ってしまうような経験をしたこともあり、海外に留学したいと強く思うようになったといいます。そこで、研究所の仕事と平行して研究留学に必須とされる博士号を取得、そしてついに念願だった研究留学の夢を叶えます。
留学先のアメリカの国立衛生研究所(NIH)ではPeter Choyke先生のラボメンバーである小林久隆先生のもとで、光イメージングについて研究を進めることになりました。
アメリカの研究所の人たちの自由な気風や、いい意味で他人に関心がないけれど困っていたら見知らぬ人でも助けてくれるところが小川さんの性格にはとても合っていたといい、「たくさん論文も書けたし、研究もプライベートもとても充実していてとてもハッピーでした。ポスドクの仲間たちに支えられていたのも大きかったです」と振り返ります。
留学先のラボでは、ルーチンの実験業務を行うラボテクニシャンと器具の管理や試薬の発注などを行うラボマネージャーがおり、研究者と共に研究を推し進める重要な役割を担っていました。正規の職員として雇われており、博士号を持ちポスドクとしての経験を持つ人がそのような職に就くことも多く、実験の技術的レベルも高かったといいます。ほかにも事務作業を専門に担うマネージャーもおり、研究を進める環境が整っていました。「彼らはとても実験が上手だし、私たちにできないことをやってくれていて、支援体制がしっかりしている。日本にもそのような研究環境があるといい」と話します。
ガンに厳しく人にやさしい治療法のはじまり
それまで日本では、放射線を使って病気を見つけるための薬剤を開発してきましたが、留学先のラボでは、光を使ってガン細胞だけをイメージング(画像化)するためのイメージング剤を開発することになった小川さん。
あるとき、新しく作成したイメージング剤を細胞にかけ、顕微鏡で観察しているとガン細胞だけがみるみるうちに消滅していきました。小川さんは新しいイメージング剤でガン細胞が死んでしまったので、イメージング剤としてはまったく使いものにならないと小林先生に報告したところ、「これは治療に使える」と小林先生が言われ、ここから光免疫療法の研究がはじまります。
これまでのガン治療の一つである化学療法の場合、強い薬ではガン細胞と一緒に正常な細胞も殺してしまい、弱い薬ではガン細胞を殺すことができない、というジレンマがありました。しかし、小川さんらが研究を進めている光免疫療法の場合は、ガン細胞の表面に出ている抗原に付くタンパク質に、光に反応する物質をつけ、レーザーを照射することで、ガン細胞だけを破壊し、正常な細胞にダメージを与えないというものです。したがって「ガンに厳しく、人にやさしい治療」が可能となります。
小川さんは留学から帰国した後もこの研究を進めており、2015年に教授として着任した北大でも引き続き研究を続けています。
思い込みに振り回されずに、やりたいことを実現するために
北大では研究室を持ち、後進の育成にも力を注ぐ小川さんは、何でもこなせるようにならなくても研究者になれる、という考え方が広まってほしいといいます。「スーパーウーマンじゃないと研究者になれないとか、スーパーウーマンじゃないと仕事とプライベートを充実させられないというのはおかしくて、それを何とか変えなきゃいけない。スーパーウーマンあるいはスーパーマンじゃない人でもいろいろな楽しみが手に入る時代になってほしい」と話します。
「研究者はこうでなくてはいけない、という思い込みに振り回されないでほしい。今の20代の人たちには、男性も女性も自分たちが感じてきた不公平感や嫌な思いをしてほしくない。これを変えることができるのは私たちの世代だと思う」と小川さんの熱い思いを伝えてくれました。
また、自身の経験から学生にも留学を勧めており「自分の能力を発揮し、やりたいことを実現するためにも3年は留学した方が良いと思うし、学生にはそう勧めています」と話します。元はと言えば、英語が嫌いで進んだ理系の道でしたが、今や打ち合わせも論文も何もかも英語。こんなに英語を使う生活をしている現状に「高校生のころの自分に、英語やっといた方がいいよと言ってあげたい」と小川さんは笑います。
FIKAキーワード 【アンコンシャスバイアス】
小川さんの詳しい研究内容については研究室のホームページをご覧ください。
また、本記事は北海道大学創成研究機構データ駆動型融合研究創発拠点(D-RED)の協力により作成されました。小川さんがメンバーの一員となっているD-RED ライフスタイルイノベーションユニットについてはこちらのホームページをご覧ください。