私が美奈に執拗に求め続けていたものは、一篇の詩であったのだろうか。 蹴り上げられたラグビーの球が、緩い抛物線を画いて、褐色の陽炎の中に溶け込む。
六月のポプラは青い。
寺久保友哉「美奈」初出1963『恋人たちの季節』収録(角川書店1986, p66)
主人公の「私」は、ラグビーの球が放物線を描き、草むらに落ちていく一瞬の間に回想します。4月の雪解けのころ、市電の中で出会った女性に心惹かれ、彼女が落とした『経済学原理』という本をきっかけに近づいたこと、北国の寒い五月の街で彼女の秘密を知ったこと、そして彼女と別れたことを。
本作の舞台である北国の街とは札幌だと思われます。「条理に区画された街」「市電は郊外の公園から繁華な町並みに向かっていた」「電車はこの街の最も賑やかな交差点の停留所で止まった」といった描写があるからです。「公園」とは中島公園、「最も賑やかな交差点」とはススキノ交差点のことでしょう。
そして主人公の「私」も文学部の学生としか示されていませんが、北大生だと思われます。描写から札幌の都心にある大学だと推測できることも理由のひとつですが、何より、作者が北大医学部出身の寺久保友哉(1937-1999)だからというのが最大の理由で、第20回の「物語の中の北大」として紹介しました。
この作品は寺久保が学生時代に『北大季刊第24号』(1963年6月)に掲載したものです。『北大季刊』は1951年10月から1969年7月までの31号に渡って北大の教職員や学生が執筆し、学内予算で発行された総合雑誌です。「大学当局が学生の啓沃と文章の養育を念願として、学内の精神的諸力を糾合し、一の綜合雑誌を公営することを要望したい」という学内有志からの訴えに対して、当時の島善鄰学長は「第二の有島武郎を育ててほしい」と応えて発刊したと伝えられています。
今回も含めて「物語の中の北大」では19名の作家を紹介してきました。そのなかで学生として学んだという意味での「北大出身者」としては、有島武郎(1878-1923)、渡辺淳一(1933-2014)、寺久保友哉(1937-1999)、東直己(1950-)、谷村志穂(1962-)、佐川光晴(1965-)、増田俊也(1965-)、阿川せんり(1988-)の7名がいます。これからさらに北大出身作家を順次ご紹介していきますのでご期待ください。