皆さんは、Y染色体を知っていますか? Y染色体とは、男性の性決定に重要な役割を持つ染色体です。最新の研究により、そのY染色体がだんだん減少していることが分かったことで男性の将来に対する懸念が抱かれており、生物学の分野で最も注目されている分野の一つになっています。
今回のインタビューでは、この分野にいち早く注目し、研究を続け、今回『「Y」の悲劇』を出版した黒岩麻里先生(北海道大学 大学院理学研究院 教授)に、執筆の背景や最新の研究だけでなく、黒岩先生が研究に興味を持ったきっかけや経緯についてもお話を伺いました。
【吉田衣玖・経済学部/今野樹・文学部/小林果笑・総合文系/山田衡・工学部/大石花音・総合理系/芝村蒼生・総合理系】
それでは、黒岩先生へのインタビューを始めていきたいと思います。まずは自己紹介と、今やられている研究について教えてください。
黒岩麻里と言います。大学は名古屋大学だったんですけど、指導教員の先生が北大の教授に異動になったので、それに付いて博士課程の頃から北大に来ました。そのままずっと北大に居座り続けてもう20年以上経ちます。すっかり道産子になりました。
実は私はもともと文系なんです。でも生物の、特に生殖学とか発生学に興味があって、今は生殖発生生物学という講座で教授をしています。
生殖といってもいろんな分野が実はあるんですが、私が研究しているのは、特にオスとメスがどういうふうに決まるか、といった性決定という分野ですね。
私たちの性決定って、性染色体とそこに存在する遺伝子がすごく関係してくるんですけど、そういう染色体とか、遺伝子の研究をしています。
身体からY染色体がなくなることはありうるのでしょうか?また、もしそうなってしまったら、体や心にどんな影響があるのでしょうか?
結論から言うと、あり得ます。Y染色体って年齢を重ねると消えていっちゃうんですよ。特に血液の細胞は分裂して新しい血液細胞をつくり出すじゃないですか。細胞が分裂するたびに、Y染色体が減っていくといわれています。
私の知り合いの研究者にY染色体を無くしたマウスを使った研究をしている方がいらっしゃるんですけど、その方の研究により、Y染色体が無いマウスは心臓が悪くなることがわかりました。なので、ヒトの体からY染色体が無くなったら、心不全などの心臓の病にかかりやすくなるのではないかと考えられていますね。
しかし、男性の体の細胞からY染色体がなくなりつつあることが分かり始めたのは、つい10年ほど前の話でして、この分野の研究はまだ発展途上なんですよ。なので、“これが正しい“と一概に言えないのが正直なところです。ですが、今の研究の流れだと、Y染色体が消えるのはまずいんじゃないかっていう話にはなっています。
黒岩先生の著書『「Y」の悲劇』の中で、人差し指と薬指の比である指比と、成人男性の様々な特徴、さらには新型コロナウイルスとの関係について触れられていました。女性にも関係があるのでしょうか。
胎児のときに男性ホルモンを多く浴びた男性ほど、指比の値が小さいことが知られています。女性は男性ほど顕著な差は出ないんですけど、一応指比の差が大きい女性と小さい女性はいるみたいです。ですがなかなか難しくて。実は日本人では、指比の差がはっきりでないんです。また、なぜホルモン量が指比に反映されるのかメカニズムは分かっていません。
ホルモンの影響を受けやすい・受けづらいなどの差が、人種によってあるのだと思います。
本の中で、寿命の性差の原因として、基礎代謝が女性のほうが低いことが、飢餓などの究極の状態におかれたときに有利になることが挙げられていましたが、究極の状況におかれることの少ない先進国で女性の寿命が長い傾向にあるのも、基礎代謝が関係しているんですか?
そうですね、基礎代謝の性差が寿命に影響を与える可能性はありますが、それだけでは説明しきれない部分もあります。著書にも書きましたが、寿命の性差はホルモンの違いも大きな要因となっています。女性ホルモンは、女性の体をさまざまな疾患から守ってくれるイメージです。しかし、年を取ると女性ホルモンの分泌が減少するのに、それでも女性の方が長生きする傾向があります。なので、他にもさまざまな理由が絡み合っているんですね。例えば、Y染色体の消失が男性の寿命に影響を与えるという研究もあります。Y染色体が消失すると心臓病のリスクが高まるとお話ししましたが、男性が早く亡くなる可能性があるんです。
ここまで、黒岩先生の研究や著書『「Y」の悲劇』の内容について、少し踏み込んだ質問に答えていただきました。このような研究を行っている黒岩先生は、いったいどのようなバックグラウンドを持っているのでしょうか。後編では、黒岩先生の魅力的な素顔に迫ります。
この記事は、吉田衣玖さん(経済学部1年)、今野樹さん(文学部1年)、小林果笑さん(総合文系1年)、山田衡さん(工学部1年)、大石花音さん(総合理系1年)、芝村蒼生さん(総合理系1年)が、一般教育演習「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果です。